冬の寒い夜、静まり返った館に、佐藤仁は足を踏み入れた。
この館は、村人たちから「逆さ館」と呼ばれ、恐れられていた。
かつて栄華を極めたこの館は、今では誰も近づかない廃墟のようになっていた。
だが、好奇心旺盛な仁は、一人でその不気味な場所を訪れることにした。
館の入口を開けると、冷たい空気が彼を迎え入れた。
真っ暗な廊下を歩む仁は、心臓が高鳴るのを感じながらも、好奇心に駆られていた。
この館には、かつてここに住んでいた一家が逆さまに生きていたという言い伝えがあった。
彼らは、すべての物事を逆にしてしまう特異な力を持っていたという。
時間の流れすら、彼らの意志に逆らうことはできなかった。
仁は奥へと進み、薄暗い居間にたどり着いた。
そこには、逆さまに吊るされた家具や、床に落ちた絵画などが散乱していた。
驚きのあまり言葉を失い、その場に立ち尽くす仁だったが、一瞬、何かの気配を感じた。
視線を巡らせると、壁の反対側から聞こえてくる微かな声に気づいた。
それは、泣き声のように思えた。
「助けて……」
仁は恐る恐る声の主を求めて移動した。
声の方向へ進むと、小さな扉が見えた。
その扉を開けると、薄暗い小部屋が広がっていた。
そこには、少女が一人立っていた。
彼女は、白いドレスを着ており、無邪気な笑顔を浮かべていたが、その目には何か悲しげな光が宿っていた。
「私を助けて……」
少女は仁に近づいてくると、彼女の周りの空気が次第に冷たくなっていくのを感じた。
仁は何とか冷静さを保ち、彼女に尋ねた。
「君は誰なの?そして、どうしてこんなところに?」
「私は、この館に封じられたの。逆さまだった家族によって……」
少女は、逆さ館の呪いについて語り始めた。
彼女の家族は、過去の出来事から逃れるために、すべての物事を逆にする力を身につけたが、その結果、自らを逆に閉じ込めてしまったのだという。
「私はずっとここにいる。助けがほしい……」
仁は彼女の言葉を信じることにした。
彼女を助けるためには、館の魔法を解く方法を見つけなければならない。
彼女の話を聞きながら、仁は突然、耳元であの泣き声が再び聞こえる。
今度は、さらに不気味で、彼を強く引き止めるような声に変わった。
「元に戻りたい、逆さまな状況から解放してほしい……」
その瞬間、仁は背筋に冷たいものを感じ、小部屋が揺れるのを感じた。
彼の周りの家具や物体が、逆さまに浮かび上がり始めた。
驚くべきことに、少女も次第にその影響を受け、彼女の姿が不安定に揺らぎ始めた。
「逃げて!私を放って!」
仁は、少女の言葉に従った。
急いで小部屋を出て、館の外へと逃げ出そうとした。
しかし、館の中はすでに逆さまになっており、逃げようとすればするほど、彼は館の中心に引き戻されてしまった。
恐れと混乱の中、仁は思い出した。
逆さまの力を解くためには、過去を逆に知る必要があったのだ。
彼は再度小部屋の中に戻り、少女に手を伸ばした。
「もう一度、教えて。君の家族がどのようにしてこの館に封じ込まれたのか、逆の流れを知りたい!」
少女はその言葉に驚いたが、深い悲しみの中に光るものを感じ取り、彼に過去の物語を語った。
仁はその話を耳にし、逆の視点から館の呪いを解いていく。
彼の心に湧き上がる強い意志と、少女の悲しげな瞳が交差する中で、館の魔法は次第に弱まり、片方ずつ逆の状態が解除されていった。
そしてついに、彼女の姿は再び復元され、館全体が徐々に通常の状態へと戻っていった。
仁は彼女を救うことができたのだ。
彼女は感謝の微笑みを浮かべ、仁の前から消え去っていった。
その瞬間、彼は初めて彼女の真の姿を知った。
館を出た仁は、過去から解放されたことに満ち足りた気持ちを抱いていたが、かつての呪いがどれほど深いものであったかを思い知らされ、彼の心には新たな決意が宿った。
夜空に瞬く星々を眺めながら、今後は過去に縛られず、自らの道を選んでいくことを誓った。