「輪の中の未練」

集落の外れに、今は使われていない古びた藁葺き屋根の家が一軒あった。
ここでかつて、村人たちに「落ちる」という不思議な現象が起きていたという。
そんな都市伝説のような話を聞いた男、健一は興味を持ち、真実を確かめるべくその家に向かった。

薄暗い廊下を進むと、家の中には静寂が漂っていた。
かつての住人たちの生活が残した痕跡が、時を忘れさせるかのようにそこにはあった。
しかし何かがおかしいと思ったのは、空気が重たく感じたその時だった。

健一は部屋の隅に目をやり、ふと気がついた。
そこには、小さな木製の輪が転がっていた。
偶然なのか、それとも意図的に置かれたのか。
興味を惹かれた健一は、その輪に近づき手を伸ばす。
瞬間、彼の手は震え、指先が冷たさを感じた。

その瞬間、彼の目の前にかつての村人たちの姿が現れた。
彼らは皆、呆然とした表情で彼を見つめていた。
「助けてくれ…」という声が、彼の心に直接響いた。
彼は目を見開き、その場を離れようと後ずさりした。
しかし、地面が揺れ、まるで何かに吸い寄せられるように立ち尽くしてしまった。

「落ちる…私たちはずっと、ここから落ちているんだ…」その声は再び響く。
健一の目の前に現れた村人たちは、まるで輪の中に閉じ込められているかのように、無限に落ち続けているようだった。
彼は息を飲み、どうしていいか分からなかった。
何度も逃げようとしても、身体が動かない。

その時、一人の村人が近づいてきて、彼に手を差し伸べた。
健一はその手を取るべきか、ためらった。
しかし村人は言った。
「私たちは、この家に囚われている。私たちが落ちていく原因を探してほしい。あなたがこの輪を解かない限り、私たちは永遠にこの場所を彷徨うことになる。」

健一は理解した。
自分が解決しなければならないのは、この集落に伝わる「落ちる」という現象の真相であり、輪の正体だった。
村人たちは彼を見つめ、彼に託する思いが伝わってきた。
そして彼は、村人たちの助けを借りることを決心した。

古い記録を漁り、村の歴史を調べる中で、健一はあることに気づいた。
かつてこの土地で、多くの人々が運命を変えるために集まっていたが、ある祭りの日、事故によって命を落とした人々の魂が未練を残していたのだ。
彼らが求め続けたのは「輪」を解くこと、一つの円を作り直すこと。
だからこそ、彼らはこの家に留まっていた。

夜が更ける頃、健一は決意を固めた。
集落の人々の記憶を呼び起こし、彼らの悲しみを共有する儀式を行うことにした。
ふと気がつくと、周囲に集まった村人たちが輝くように季節が変化していくのが見えた。
彼はその光景を一生忘れないだろう。

そして、彼が儀式を終えると、不思議なことに村人たちの姿がふわりと消え、体温を伴った温かな風が彼を包み込んだ。
輪は解かれ、村人たちは安らぎを得たのだ。

それ以降、健一はその家に通い続けることはなかったが、彼を見つめる村人たちの笑顔が、確かに彼の心に根付いていた。
彼はこの体験を誰かに伝えたくなるほど、その出来事がかけがえのないものになっていたからだ。
落ちた者たちが解放されたこの場所は、再び光を取り戻すことができたのだった。

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