ある夜、若い女性、菜々子は自分の家の近くにある古びた架の上で、不思議な夢を見た。
その夢の中、彼女は「ラ」の名前を持つ心優しい少年に出会った。
彼は彼女の祖父の代から続く家族の伝承を知っていた。
その伝承には、架の近くに人々の望みを叶える不思議な力が宿っているというものがあった。
しかし、その力には代償が伴うとされていた。
目が覚めた菜々子は、夢の中で出会った少年の存在が気になり、彼の言葉を思い出した。
彼は「架に願いごとをしてみてください。でも、慎重に選んでね」と言った。
その言葉が彼女の心に響いていた。
自分が今、一番望んでいるものは、心に秘めた思いを叶えることだと気づいた菜々子は、架まで足を運ぶ決意をする。
夕暮れ時、菜々子は架に近づいた。
夕日の光がその木造の構造物を美しく照らし出し、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
心の中で思いを馳せていると、ふと「ラ」の姿が浮かんできた。
彼女は感じた。
「彼がこの場所にいる」と。
架に立ち、菜々子は心の中で願いを唱えた。
「私の思いを、ラに届けてください」。
すると、まるで架そのものが彼女の声に応えるかのように、微かに揺れ始めた。
急に風が強く吹き、彼女は驚いて周囲を見回した。
どうやら誰かが彼女を見守っているようだった。
その瞬間、菜々子の前に再び「ラ」が現れた。
彼は優しく微笑み、「願いごとの代償は、君の大切な思い出の一つ」と告げた。
「それを失うことを理解しているなら、受け入れなければならない」と続けた。
彼女はその言葉に戸惑った。
大切な思い出を手放すことなどできない。
しかし、心の奥底では、彼に会いたいという強い想いが渦巻いていた。
どちらを選ぶべきかを悩みながら、菜々子は夢の中での出来事が現実となっていることを理解する。
彼女は自分の思い入れの強さを感じながら、思い出の一つを選び取ることにした。
幼い頃、家族と過ごした楽しい日々の映像が浮かんできた。
それを失うことは辛いが、彼に会えることで心が満たされるなら、と思った。
「私はその思い出を失う覚悟があります。ラに会えるなら、全てを受け入れます。」静かな声で告げると、ラは微笑んだ。
「君の覚悟は真実だね、それが君の強さだよ。」
すると、架の周りがまばゆい光に包まれ、菜々子はその中に引き込まれていった。
目を開けると、彼女は不思議な空間に立っていた。
そこには「ラ」がいて、彼女を温かく迎えてくれた。
彼は言った。
「これが君が求めていた世界だ。ここでは、君の望みが現実となる。」
しかし、背後に残された家族の思い出は、静かに消えていく。
彼女はどこか空虚な気持ちを抱えながらも、「ラ」との時間を享受し続けた。
しかし、「ラ」と共に過ごす日々が長くなるにつれ、次第に彼が存在しない現実の重さが彼女の心を蝕んでいた。
菜々子はそのことに耐えられなくなり、ある晩、彼に向かって叫んだ。
「私の過去を返して!あなたは私の心を奪ったのに、思い出を失っただけではなく、私の自由も奪ったのです!」その叫びが、架の力によって彼女の願いを引き寄せてしまった。
「ラ」は悲しげに彼女に言った。
「君の力は大きかった。しかし、その決断がどんな結果ももたらすか考えたことがあるか!」彼の声は届かなかった。
菜々子は全てを理解することなく、ただその場で立ち尽くすしかなかった。
風が再び吹き荒れ、暗闇の中へと引き込まれていった菜々子は、架が彼女を忘れさせようとする力を感じていた。
彼女は一時の夢の中で愛する存在に出会ったが、何よりも大切な思い出は、二度と戻ることができないことを知った。
彼女は架の渦の中に消えていくその瞬間まで、後悔の念を抱えていた。