「声の代償」

田んぼのある静かな村。
そこに住む花という名の少女は、毎日のように実家の田んぼで遊んでいた。
少女は自然と戯れることが大好きで、特に夕暮れ時に田んぼの周りを走り回るのが日課だった。
しかし、その田んぼには昔から語り継がれる不思議な伝説があった。

夜になると、田んぼからは不気味な「え」という声が聞こえてくるという。
村の人々はその声を恐れ、夜に田んぼに近づくことを避けていた。
しかし、花はその声に興味を持っていた。
彼女はその正体を確かめたいと思い、ある晩決心した。

月明かりの中で、花は田んぼへと足を運んだ。
周囲は静まり返っており、彼女の心臓の鼓動だけが響く。
しばらくすると、遠くから「あえ」と、はっきりとした声が聞こえてくる。
花は恐る恐るその声の方へと歩み寄った。

声がする方には、夢のような光が漂っていた。
そこには、年老いた女性が立っていた。
彼女の目は深い闇を抱えているように見え、花はその存在に引き寄せられた。
老婦人は「花よ、私に近づいておいで」と柔らかい声で呼びかける。
だが、直感的にその声には何か不気味なものを感じた。

「おばあさん、あなたは誰ですか?」と花は尋ねた。
すると、老婦人は微笑みながら「私の名は愛子。ここに住む人々の願いを叶えてきた者なのよ。しかし、私の力を借りるには、代償が必要なの」と告げた。

「代償?」花は不安に思った。
愛子は続けた。
「あなたが祈り続ける限り、私の力を借りることができる。だが、その間に私はあなたの心を少しずつ奪っていくのだ。」

花はそれを聞いて混乱した。
「私はただ、声の正体を知りたかっただけ。代償なんて考えたこともないわ。」愛子は優しい表情を崩さずに答えた。
「心の中の欲求は、時に知らず知らずのうちに大きくなってしまうもの。お気を付けなさい。」

それから数日間、花は愛子の声が響く田んぼに通い続けた。
彼女は薄い光を求め、心の奥底に眠る願いを、愛子に届けた。
しかし、次第に彼女の心には暗い影がまとわりつくようになった。
夢見ていたことが実現する一方で、愛子の存在が徐々に彼女の生活の一部となり、自分自身が次第に失われていく感覚に苛まれた。

ある晩、花はとうとうその代償の重さに耐え切れなくなり、「もうやめて!」と叫んだ。
しかし、老婦人の笑い声は田んぼから響き渡る。
「お前が私の力を放棄することはできない。あなたの願い、私のものとなった。」その瞬間、愛子は姿を現し、花の心の中に深く入り込んでいった。

それから数日後、村人たちは花の姿を見かけることがなくなった。
田んぼの周りには彼女の名を呼ぶ声が聞こえていた。
「花よ、花よ」と、愛子の声が響く。
村人たちは恐れ、再び田んぼに近づくことを避けた。
そして、夜になると「ああえ」と不気味な声が田んぼから聞こえてくるのだった。

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