霊の木の囁き

静かな田舎町に、古びた神社がある。
その神社の境内には、大きな楠の木が立っていた。
町の人々はこの木を「霊の木」と呼び、近寄ることを避けていた。
曰く、「木の下で眠ると、悪霊に取り憑かれる」との噂が広まり、神社は次第に人々から距離を置かれるようになった。

ある夏の日、大学生の佐藤健は友人たちと肝試しに出かけることにした。
田舎の噂を知らぬ健は、霊の木の噂を聞いてもあまり信じていなかった。
「怖がってるのか?だって、ただの木じゃないか!」と友人の中で一番勇敢を自負していた彼は、仲間を引き連れて神社に向かった。

神社に着くと、薄暗い境内が目の前に広がった。
大きな楠の木は、月明かりに照らされるたびに一層不気味に見える。
友人たちは恐れながらも笑い声を上げて、木の下で写真を撮ったり、肝試しを始めたりしていた。
しかし、健は何か違和感を感じていた。
まるで誰かに見られているような感覚が身を包んでいたのだ。

「さあ、木の下で寝転んでみよう!」一人が提案すると、友人たちは盛り上がりながらも少し怯えた様子で、順番に木の下に横になっては怖い話を目の前で語り合った。
健はその様子を見て、少しの興味と好奇心から、木の根元に寄り添って寝転がることにした。

すると、視界がぼやけ、自分の体が重く感じてきた。
「これが、噂の悪霊のせいなのか…?」と不安が胸をよぎった。
背後からかすかな声が聞こえた。
「助けて…」その声は女の子のようで、儚げに響いていた。
健は驚き、反射的に振り返ったが、誰もいなかった。

「気のせいだ、気のせいだ」と自分に言い聞かせるが、心はざわついている。
もう一度、木の下に寝転がると、再びその声が聞こえた。
「助けて…私を、忘れないで…」今度は、はっきりとした女性の声だった。
耳をすませると、その声は、徐々に自分の心に染み込んでくる。

その瞬間、視界が暗転し、急に周囲の風景が変わった。
薄暗い無限のトンネルのような空間に立っていた。
目の前には、薄い白い服を着た女性の影が見えた。
彼女は、泣きながら懇願していた。
「私を、助けて…」その声は切々としており、健の心を揺さぶった。

健は思わず女性に近づきたい衝動に駆られた。
しかし、同時に恐怖も感じていた。
「お前は、何者なんだ?」彼は声を振り絞った。
女性は無言で、ただその瞳で健を見つめ続けた。

混乱が募る中、ふと視界に戻ると、仲間たちの笑い声が遠くに聞こえ、一緒にいた現実を思い出す。
「ここは、どこだ?何が起こった?」慌てた健は目を閉じ、声を振り絞った。
「助ける、もう一度、戻してくれ!」

その瞬間、彼の身体がすっかり軽くなり、意識が元に戻った。
驚くことに、彼は依然として木の下に寝転んでいた。
しかし、周囲の友人たちは一様に怯えた顔をしていた。
「どうした、健!すごい声を上げてたぞ!」一人が恐る恐る尋ねた。
健は言葉を失い、ただその不気味な体験を振り返るしかなかった。

帰宅後、健はその夜も、あの女性の声を忘れることができなかった。
彼女は一体誰なのか、なぜ助けを求めていたのか。
おそらく、あの楠の木の下には、数えきれないほどの謎が隠されているに違いない。
その後、友人たちとは肝試しをすることはあれど、あの神社には二度と行こうとは思わなかった。
健はただ、あの声が心の中で囁き続けるのを感じながら、忘れない決意を新たにしたのだった。

タイトルとURLをコピーしました