「河の底の眼」

ある河のほとりには、古びた神社がひっそりと佇んでいた。
そこで人々は、時折不思議な噂を耳にすることがあった。
それは神社が水面に映る人影の話。
誰もがそれを「怪」と呼び、近づくことを避けていた。
しかし、若い男の名は健太。
彼はその噂に興味を持ち、仲間と共に河へ足を運ぶことにした。

夏のある夜、健太と友人の雅樹、幸子は神社を訪れることにした。
月明かりが薄暗い河を照らし、静寂が支配する中、彼らの心には期待と不安が交じり合っていた。
進むにつれて、神社が見えてきたが、そこには異様な雰囲気が漂っていた。
木々に囲まれ、河の水は音もなく流れ、何か見えない力が自らを引き寄せるように感じた。

「ここが噂の神社だな」と雅樹が低い声で言った。
健太はその言葉に頷き、周囲を見回した。
神社の鳥居をくぐり、神社の拝殿に向かうと、水面がキラキラと光り、まるで何かがそこにいるかのようだった。
健太は想像を超えた何かが待ち受けている気がした。

「大丈夫だよ。みんなでいれば怖くない」と幸子が言うと、健太は微笑みながら答えた。
「そうだね、みんな一緒なら。」しかし、心の中で不安はくすぶり続けた。

河の水面でまた何かが瞬く。
次の瞬間、健太の目が河に釘付けになった。
水面に映るもの、それは自分の姿だけではなかった。
目が見開かれた「怪」の姿があった。
まるで無数の目がその水に反射しているかのようだった。
健太は恐怖に駆られて言葉を失った。
信じられない思いが彼の脳裏に浮かんだ。

突然、周囲の静けさが破られ、雅樹が叫んだ。
「見て!あれ!」彼の指差す先、河の水がざわめき、何かがその水の中から浮かび上がってきた。
さらなる「目」が水面からこちらを見つめ返している。
何かが彼らを呼んでいるようだった。
ふと、落ち込むような感覚が健太を襲った。

「やめよう、ここから出よう!」幸子が叫ぶが、まるでその声は消えてしまったかのように、暗闇が全てを飲み込んでいった。
健太は引き寄せられるように、その「目」を見つめ続けた。
「怪」たちの視線が、次第に彼の心の奥深くに侵入してくる。
なぜか、目が離せなかった。

水面が波立ち、彼の脚元から何かが落ちていく音がした。
それは、一瞬の間に過去の記憶のように思い出が流れ去っていく音でもあった。
彼は自分が失ったものを思い起こし、その「落」の感覚に捕らわれた。
かつて幸せだった日々、忘れ去られた笑いや涙が浮かんでは消えていく。
彼らを見守る「目」は、過去の彼自身の姿だったのだ。

「お願い、見ないで!お願いだから!」と叫ぶ健太。
しかし、その言葉は水の中に飲み込まれ、消えていった。
逃げようとする健太の心を、「怪」はさらなる深みに引き上げていった。
水面から浮かび上がる無数の目は、彼を包み込むように寄り添っていた。
彼はもう引き返すことができなかった。

静寂の中で彼の意識が薄れていく。
気がつくと、健太の周りには幸子や雅樹の姿が見えなくなっていた。
その代わりに、彼の目の前には暗闇から浮き上がってくる「怪」がいた。
彼はその目の中に吸い込まれ、何もかもを忘れた。

そして河のほとりには、再び静寂が訪れ、神社の水面にはただ一つ、映るものがあった。
それは夜空を映し出す静かな河の水面で、無数の目が消えていった今も、ただ一つの目だけがその場所に残っているかのようだった。

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