荒れた山奥に位置する古い神社。
その神社は、境内に佇む一本の大きな木が象徴とされていた。
木の根本には、長い間放置されていた小さな石仏があり、地元の人々に敬われつつも、心の奥に潜む恐れの対象でもあった。
その神社のことを、村の人々は「荒木の神社」と呼び、近づくことをためらっていた。
ある日、大学生の佐藤和夫は友人に誘われ、この古い神社を訪れることになった。
彼は心霊現象や怪談が好きだったが、実際に恐怖を感じたことはなかった。
それに、そんな話を信じる方が異端だと考えていた。
しかし、友人たちが皆恐れおののく様子を見て、和夫だけが興味の方が勝っていた。
「ここには、心の中にあるものが目に見える界があるって聞いたんだ。失ったものや後悔が浮かび上がるんだって」という友人の話に、和夫は心を惹かれた。
夜になり、神社の周りは薄暗く、ただ風の音や木々のさざめきが響いている。
和夫の心の中には、かつて心を痛めた出来事が思い起こされていた。
次第に、彼の目の前に淡い光が現れ、触れることのできないまるで霧のような存在に変わっていった。
和夫は、視線をその光に吸い寄せられる。
すると、彼の心の深い部分から、苦い思い出が呼び起こされてきた。
幼いころ、母と笑い合った日々や、失ってしまった友人の笑顔。
その一つ一つが、光の中で形を成していく。
友人たちは怖気づいて逃げ出してしまったが、和夫はその場を離れられなかった。
不安と好奇心が入り交じった状態で、彼はその光と向き合った。
「ああ、もう帰れないのかもしれない」と心底思うと、その瞬間、周囲の空気が変わった。
心の痛みが具現化するように、そこには彼の記憶の中の母の姿が浮かび上がっていた。
「私はあなたを守るためにここにいるわ」と、母は優しい声でと言ったが、和夫には彼女の顔がなぜか歪んで見えた。
それは、彼が心の奥深くで抱え込んでいた後悔を映し出すかのようだった。
過去の自分を責める声が聞こえ、母の言葉の裏には、彼が守れなかったという罪の意識が付随していた。
彼は一瞬、全てを思い出した。
母が他界したのは自分の無力さが原因だと。
彼は強く否定したい気持ちがあったが、その否定は逆に、自分の中で渦を巻く後悔を強めていた。
和夫の目の前に広がる界には、彼の心が描く影が浮かび上がり、彼を取り囲むように迫ってきた。
やがて、暗い影がその光を飲み込み、和夫は恐怖に包まれた。
「この世の中には、直視できる心を持つ者がいる」と、町の言い伝えを思い出した。
そして彼は、思わず後ずさり、急いで神社を飛び出した。
外に出ると、空気は一変し、冷たい風が心を凍らせる。
自分の背後に何かいる気配を感じ、振り返るが、そこにはもはや何もなかった。
数日後、和夫は神社のことを考えるたびに、あの光と影が心の中で揺れ動く感覚を覚えた。
彼はそのことを友人たちに話すが、彼らは興味を示そうともせず、無視した。
その日から、和夫の眠りが妨げられることが増えた。
夢の中で、彼は再び母と向き合い続け、何度も同じ質問を繰り返される。
「どうして私を見捨てたの?」その迫る声に、彼は心を締めつけられるように感じた。
荒れた神社が彼の心の奥に燻る悪夢となった。
「心に刻まれたものは、果たして解き放たれることができるのだろうか」と、和夫は考え続けながら、恐ろしくも美しい思い出に寄り添うことを決意した。
しかし、その決意は、彼が本当に癒されるためにはどれほどの試練を乗り越えなければならないのかをまだ彼は知らなかった。
荒木の神社が提供する界は、どこまでも彼を引き寄せては、また必ず悲しみを思い起こさせるのだった。