「見えない呪い」

薄暗い屋の中、街の喧騒が遠くから聞こえてくる。
薄い障子越しに、外の光がわずかに差し込むものの、その影は陰影を深くし、奥の部屋はすっかり暗闇に包まれている。
そんな中、少し年配の盲目の女性、玲子は一人座り、何かを思い出しながら指先で古いお守りをなぞっていた。

玲子は幼い頃、視力を失った。
しかし彼女には他の感覚が鋭敏で、特に音や匂いに対する感覚は常人以上だった。
街に住む彼女は、人混みの中で気配を感じ取り、他人の心情を理解する力を持っていた。
しかし、近所の者たちが彼女を避けるようになったのは、特定の噂が広まっていたからだった。

ある夜、玲子は街を歩いている帰り道、妙な声を耳にした。
「お前の呪いを解いてやる」と、どこからともなく聞こえてきた。
彼女はその声を疑い、周囲を見回したが、誰もいない。
ただ、薄暗い影の中に何か不気味な気配を感じた。
その瞬間、心に一抹の恐怖が走った。

数日後、玲子は不安を抱えつつも、毎晩同じ時間にその声が聞こえ、ついには気になって仕方がなくなった。
「一体、誰が私に呪いをかけたの?」と、自問自答を繰り返す。
周囲の人々は彼女を避け、冷たい視線を向ける。
男性たちの中には彼女に対し嫌悪感を露にし、女子たちは怯えるかのように背を向けた。
生活の中で、明るい声や笑顔が失われ、玲子は孤独な日々を送ることになった。

そんな折、彼女が住む屋の隣に新しい家族が引っ越してきた。
若い夫婦とその子供は、玲子に興味を持ってくれ、優しく接してくれた。
保証があるかのように、玲子は彼らの存在を心から歓迎した。
しかし、そのすぐ後、彼女の周りには奇妙な現象が起こり始める。

夜になるたび、玲子は夢の中で「あの呪いを解くために、彼女を連れ去れ」という声を耳にするようになった。
目を覚ますと、自分の体がまるで軽い羽のように感覚が無く、恐怖に駆られる。
「何かが私を狙っている……」彼女は直感的に感じ取った。
ある晩、夢の中で、彼女は街に出た。
そこには、彼女を見つめる無数の目があった。
街の人々の目が、まるで彼女を恨んでいるかのように怒りを浮かべていた。

日を追うごとに、隣の家族に異変が起き始めた。
子供が夜泣きを始め、夫婦の喧嘩が増え、次第に彼らは疲れ果てていった。
思い返せば、玲子が出会う前までは、彼らはいつも明るい笑顔で過ごしていたはずだった。
玲子は、その変化が自分にかけられた呪いのせいだと考え、自分の孤独が人々を不幸にしているのではないかと悩み続ける。

ついに、近所の者たちが玲子に対し「あなたのせいで、彼らの家族が壊れていく」と罵声を浴びせる。
「呪いを解いて!」と叫ぶ者や、自らの家族を守ろうと玲子を遠ざける者たち。
彼女は、絶望的な気持ちに包まれ、今度は本当に呪いに取り憑かれているのではないかと思うようになった。

その晩、玲子は再び暗闇の中であの声を聞いた。
「償え、償いをしろ」。
しばらくして、周囲の空気が変わった。
彼女の背後から冷たい気配が迫り、周囲が真っ暗になり、視覚のない彼女には何も見えなかったが、かすかな吐息が感じられた。
彼女は一人叫び、「私には呪いを解く力がない」と泣き叫んだ。
その瞬間、静まり返る屋の中で、不気味な微笑みが浮かぶかのような気配が消えた。

翌朝、玲子が目を覚ますと、隣の家族はすでに引っ越していた。
彼女は再び孤独な屋に一人残された。
今でも、時折街の喧騒の中で呪いの声が聞こえる。
しかし、もはや耳を傾けることはできなかった。
周囲の人々は彼女を避け続け、無視し続けた。
玲子は、また一つの孤独を抱えることになり、呪いがもたらす苦しみの輪廻に囚われたままであった。

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