葬儀の日、静寂と冷たい風が交錯する中、村の古びた寺院には、厳かな雰囲気が漂っていた。
私の近親者がこの世を去り、それを悼むために集まった親族や友人たち。
だが、その中に一人、特異な存在が居た。
彼の名は「験」。
村の者たちには忌避される存在で、超常的な力を持つと言われていた。
その日、験は静かに座っていた。
黒い服に身を包み、目はどこか虚ろだった。
彼は生者と死者の境界を知り、その間を行き来する力を持つと噂されていた。
あり得ないはずの出来事が、彼の存在から始まるのではないかと、私は密かに恐れていた。
葬儀は始まり、故人への言葉が贈られた。
やがて、遺族たちが順番に故人の棺に手を合わせる。
私はその様子を静かに眺めていた。
すると、験は異様な声で何かを呟いているのに気付いた。
「己を知り、己を試せ」と、彼はまるで私に向けて語りかけるように言った。
心の奥底にひりりとした不安が広がる。
何かがおかしい。
次第に、周囲の空気が重たくなり、視界が揺らいできた。
すると、不意に冷たい風が吹き抜け、目の前の棺が微かに揺れた。
驚きと共に周囲を見ると、誰もが気付いていないようだった。
私は自分の心臓が高鳴るのを感じながら、験の方を振り返った。
彼は無表情で立ち上がり、ゆっくりと棺に近づく。
自然と体が硬直し、目をそらすことができなかった。
験は手を伸ばし、棺の蓋に触れた。
その瞬間、私の脳裏に謎の映像が浮かび上がった。
故人の笑顔と、どこかほの暗い背景が交錯する。
まるで、彼がこの世から去る直前の映像のようだった。
誰かが高く悲鳴を上げた。
それに反応するように、棺の中から一瞬、薄い霧が立ち上った。
霧はだんだんと形を成し、まるで故人の幻のように見えた。
私は恐怖に駆られて身動きが取れず、ただその現象を見つめ続けた。
「己を知れ、そして呪われよ。」験の言葉が呪文のように響いた。
周りの人々は恐れを抱きながらも、何が起きているのか理解できていないようだった。
その様子を見ていると、私は何故か自分の心に渦巻く感情を抑えることができなかった。
彼の言葉が、私の心を掴んで離さなかった。
幻はゆっくりと私に向かって近づいてくる。
恐怖が増し、私は逃げ出そうとしたが、体が動かない。
幻の目が私を見つめ、まるで私の内面を覗き込んでいるようだった。
「お前が戻りたかったのか?」その声は、亡き者のものなのか、験のものなのか、もう分からなくなっていた。
周囲の人々は混乱し始め、何が起こっているのか分からないまま取り乱している。
私の足元から、冷たい感覚がじわじわと広がり、まるで大地が私を呪っているかのようだった。
呪いの言葉は私の心に潜り込み、次第に私を蝕んでいく。
次第に視界がぼやけていく。
私は過去の出来事を思い出していた。
あの日、故人を見送る際、心のどこかで「戻りたい」と願っていたのかもしれない。
だが、その思いがもたらすのは、恐れと呪いだった。
私は心の奥で、「戻りたくない」と叫んだが、その声は誰にも届かない。
そして、私は完全に幻の中に飲み込まれていった。
術にかけられたかのような感覚と共に、しばらくの間、黑い霧に包まれた世界を彷徨い続けることになる。
この儀式は、私自身の内面に潜む呪いの一部だったのだ。
それを知ることもなく、私はただ、再び幻の中で囁いていた。
「これが私の運命なのか?」