ある静かな村、雲海に包まれた山々の中に「さ」という名の古い神社があった。
この神社は、村人たちにとって神聖な場所であり、毎年祭りを行なう際には多くの人々が集まっていた。
しかし、その神社には一つの怖れられた伝説があった。
そこには、村人たちが今でも誰も近づけたがらない「者」という名の女の霊が現れるという噂があった。
者の名は「美和(みわ)」。
彼女は昔、この神社の近くに住んでいた女性で、ある日の祭りの晩、失踪してしまった。
彼女は非常に美しい女性であったため、村の男たちが、美和を狙った悪意を抱いていたと噂されていた。
しかし、真相は誰にもわからないままだった。
それからというもの、美和の霊は神社の近くに現れるようになり、村人たちは恐れを抱くようになった。
特に女性たちは、美和の霊に運命を操られることを恐れ、神社の境内に近づくことはなかった。
数年後、村に引っ越してきた青年、健太(けんた)は、都市での喧騒から逃れ、静かな暮らしを求めてこの村にやってきた。
彼は美和の話を聞くと、何か興味をそそられ、自らその神社を訪れることにした。
美和の真相を知りたいと思ったからだ。
その日はたまたま満月の日で、神社は独特の薄明かりに包まれていた。
彼は恐る恐る神社の門をくぐり、静まり返った境内に足を踏み入れた。
そこには、異様な静寂が訪れていたが、健太は気にせずに神社の本殿へと向かった。
本殿の前に立つと、突然風が吹き荒れ、まるで誰かが背後にいるかのような気配を感じた。
彼は振り返ったが、誰もいなかった。
それでも、背筋に不気味な寒気が走る。
彼の心臓は高鳴り、恐怖心がすぐに押し寄せてきた。
「美和、本当にここにいるのか?」と呟くと、その瞬間、彼の目の前に女性の姿が現れた。
彼女は美しい顔立ちで、しかしその表情には無表情のまま、深淵のような悲しみが宿っていた。
彼女の姿は薄暗い空気の中で揺らぎ、目をそらすことができなかった。
「あなたは、私を呼んだのですか?」美和が静かな声で問いかけた。
健太の口からは言葉が出なかった。
彼はただうなずくことしかできなかった。
すると、美和は一歩近づいてきて、彼の目をじっと見つめた。
その目には何か強い力が宿っているように感じた。
「私のことを、忘れないで」と彼女は言った。
その言葉に、健太は戸惑った。
忘れないどころか、彼は彼女のことを知りたいと思っていたのだ。
「美和、どうしてここにいるのですか?あなたを助けることができるかもしれない…」彼は意を決して言葉を返した。
その瞬間、美和の表情が変わった。
彼女の顔に悲しみが浮かび、次の瞬間にはその顔が歪んでいく。
彼の身体は震え、かすかな恐怖が心の奥に広がる。
「あなたに何もできない。ただ、私が望んでいるのは、自分の居場所を見つけることだけ…」
健太はその言葉に心を打たれた。
しかし、同時に胸に感じる違和感は消えなかった。
美和はいつも探しているのだろう、自分を思い出す人間を。
「お願い、この村を…”気”にしてほしい。私の存在を忘れないで」と。
彼女の声が風に乗り、消えていくのを感じた。
それからというもの、健太は村人たちに美和のことを語り継ぐことを決心した。
彼女の存在を知り、気にしてほしいと心から願ったからだ。
彼は自らの中に抱えた恐怖を乗り越え、美和を語ることで彼女の魂を鎮めることを選んだ。
村は美和の話を語り続けた結果、神社は再び賑わいを取り戻し、彼女のことを恐れるのではなく、思い出す場とすることができた。
しかし健太は、あの夜のことを決して忘れなかった。
美和はまさに「異」の存在で、周囲の「気」に根ざす大切な魂であったのだ。