静かな町の外れに、通称「喪の道」と呼ばれる不気味な道があった。
その道は、町の人々にあまり利用されることはなく、特に夜の訪れと共にその存在が忘れ去られていくのだ。
町の人々は、その道を避ける理由として、過去にあった悲劇の噂を口にする。
かつて、この道で一人の若者が事故に遭い、そのまま帰らぬ人となったというのだ。
彼の名は佐藤健二。
彼は26歳、町の希望を背負った青年だった。
健二の死から数年が経ったが、彼の存在は町に深い影を落としていた。
人々は彼のことを思い出す度に、どこか悲しげな表情を浮かべるため、町を訪れる者は必ずこの「喪の道」の噂を耳にすることになる。
夜になると、その道を通ると「健二の声」が聞こえると言われていた。
彼は助けを求めるように「助けてくれ」と叫び、時折「あの日のことを忘れないで」と囁くのだ。
ある雨が降りしきる深夜、大学から帰る途中に一人の大学生、田中祐介がその道に迷い込んでしまった。
彼は健二の話を耳にしていたが、その噂を軽く見ていた。
しかし、足元が泥に取られ、道を外れることができずにいた。
彼の心の中には焦りが芽生え、雨音に混ざって聞こえる囁きに耳を傾けることができなかった。
「助けてくれ…」
その瞬間、背後から低い声が響いた。
振り返ると、そこには誰もいなかった。
ただ真っ暗な道が続くだけだった。
恐怖を感じた祐介は、必死に足を進めようとした。
しかし、彼が進む足音の裏側にも、同じように「助けてくれ」と呼ぶ音が重なって聞こえてくる。
「そんなはずはない、誰もこんな道にいないはずだ…」
心の中で問いかけながらも、祐介は動けなくなっていた。
雨がさらに強く降り注ぎ、暗闇の中に何かが潜んでいるような気配を感じた。
彼の心に喪失感が広がる。
誰かを助けるために、この道を歩む運命なのかもしれないと思った。
「助けて…」
再びその声が響く。
「もう少しで見つけられる」と。
耳を澄ませば、どこか懐かしく感じる声。
その瞬間、彼は自分が知っている健二の姿を思い出した。
和やかな笑顔を持つ彼が、どこかで助けを待っているかのようだった。
不意に、彼は道の真ん中で立ち止まった。
そして、自分の声を思い切って発した。
「健二!お前はどこにいるんだ!」すると、声が返ってきた。
「ここだ…」その瞬間、目の前に若者の姿が現れた。
まるで影のように淡い光を放ちながら、観念的で哀しげな表情をしている彼は、まさに健二その人だった。
驚きと恐怖で声を失った祐介は、目の前で消えかけている彼を見つめた。
健二はかすかな笑みを浮かべていたが、その目には深い悲しみが宿っていた。
「私を…まだ忘れないで…」その言葉に、祐介の中で何かが揺れ動いた。
「健二、お前はこんなところにいるべきじゃない!」言葉を絞り出すと、健二は失ったような目を向けた。
「みんな、私を…忘れてしまった。私はここにいるのに…」
胸が締め付けられる思いで、祐介は言った。
「違う、みんなお前のことを思っている。そんなことを思ってはいけない!」
「なら、私を連れて帰って…」その言葉が響くと同時に、道の向こう側から黒い影が迫ってきた。
祐介は恐れた。
彼は健二の元に駆け寄り、手を伸ばした。
「行こう、帰ろう!」しかし、彼の手は空を切った。
「ごめん…私はもう行けない。あなたが私を思い出してくれたから、もうこれ以上の苦しみはいらないわ。」
その瞬間、健二はスッと消え、道には何も残らなかった。
静まり返った雨音だけが残された。
恐怖の余韻を背負い、祐介は心臓の鼓動が耳に響くのを感じながら、一歩ずつ後ろに下がった。
喪の道は再び暗闇に戻り、その悲劇を忘れぬように、町の人々を見つめていた。