裏の世界は、日常の表側とは異なり、影と哀しみに満ちていた。
ある町には、一人の女性、瑞子が住んでいた。
彼女は普通の生活を送っていたが、何か心に引っかかるものを抱えていた。
夜になると、無性に押し寄せてくる不安──それは彼女にとっての忌避すべき存在だった。
ある晩、瑞子は友人たちと飲み会をしていた。
その席で、霊の話が持ち上がった。
中でも特に怖かったのが「裏」に住み着く霊の話だった。
彼女たちが話す内容は、かつてこの町で起きた不可解な失踪事件に関連しており、その場にいる誰もが背筋を凍らせた。
飲み会が終わり、瑞子が帰宅する頃にはすっかり日も暮れていた。
彼女は薄暗い路地を抜け、マンションへと向かっていたが、何かに見られているような感覚を覚え、心臓が高鳴った。
しかし、それを無視して早足で進むことにした。
帰宅し、部屋の明かりをつけると、異常な静けさが広がっていた。
いつも通りの空間のはずなのに、何かが違っていた。
彼女は不安な気持ちを抱えつつも、シャワーを浴びて、ベッドに横になった。
しかし心は不安から離れられず、寝付けなかった。
数日が経ち、瑞子の周囲で奇妙な現象が続いた。
日常の小物が勝手に動いたり、知らないはずの声が聞こえたり。
特に「助けて」という声は、彼女の心に深い恐怖を植え付けた。
それはまるで、裏の世界から彼女を呼ぶ声のようだった。
次第に、瑞子は自分がある運命に巻き込まれているのではないかと疑い始めた。
彼女は、町の古い神社を訪れ、霊媒師に相談した。
そこで霊媒師は、彼女に「あなたの後ろにいる者は、裏の世界に関わりを持つもの。恐れることはないが、その存在から目を逸らしてはならない」と警告した。
瑞子は帰宅後、一人で過ごすことに耐えられず、友人たちを呼び集めた。
彼女は彼らに霊の話をし、「私の背後にいる存在が何かを知っているかも」と打ち明けた。
友人たちは疑心暗鬼ながらも瑞子を支えようと誓ったが、誰もが不穏な空気を感じ取っていた。
ある夜、再び「助けて」という声が聞こえた。
瑞子は思わず振り返り、その声の主を求めて部屋を探索したが、誰もいなかった。
彼女の不安は頂点に達した。
そして、ふと目にした鏡の中に、瑞子の後ろに薄暗い影が映っているのを見つけた。
それは恐ろしい表情をした、痩せこけた顔を持つ女性の霊だった。
その瞬間、瑞子は背後から強い冷気を感じ、動けなくなった。
影は彼女に向かって近づき、耳元で囁いた。
「私を引きずりこまないで……一緒に行こう」と。
瑞子は恐怖に駆られ、必死にその場から逃げ出したが、影は彼女の背後でじっとついてきた。
友人たちに助けてもらおうと、瑞子は急いで彼らの元へ駆けつけた。
彼女は涙ながらに起きた出来事を全て話し、みんなで祝詞を唱える儀式を行うことを決めた。
しかし、儀式が進むにつれ、影はさらに近づいてきた。
それは、瑞子の意識を徐々に裏側へ引き込んでいく。
最後に瑞子は、崩れ落ちる意識の中で、彼女自身の声で「私を救って」と叫んでいた。
彼女の叫びと共に、まるでカーテンが下りるかのように、何かが彼女の存在を覆い隠した。
友人たちは彼女を抱きしめ、「私たちがいるから大丈夫だよ」と言葉をかけ続けたが、その声は虚しく響いていた。
やがて、瑞子の声は裏側へと呑み込まれていく。
最後の希望も消え、彼女は永遠に忌まわしき存在と共に生きる運命を背負ってしまった。
その町では、瑞子の名前が伝説となり、彼女が消えた場所には今も引きずられた者たちがいると言われている。
