「深き森の囁き」

薄暗くなった森の中、嵐の影響でひんやりとした風が吹き抜けていた。
そんな夜、大学生の加藤は、友人たちとキャンプをするためにこの森にやって来た。
しかし、一緒に来たメンバーは好奇心から、近くの山道を散策することになった。
森の深い場所に行くことは禁忌とされていたが、若さゆえの無謀さが勝ってしまったのだ。

加藤は、他の友人たちがはしゃぐ声を聞きながら、ふと一人になってしまった。
彼は少し離れた場所に見える古びた小屋を発見した。
その小屋は、何年も誰も使っていないようで、屋根は崩れ、壁は苔に覆われていた。
心のどこかで不安を感じながらも、興味に駆られた加藤は小屋に近づくことにした。

小屋のドアは錆びていて、力を入れるとギシギシと音を立てながら開いた。
中は暗く、荒れ果てた家具が散らばっていた。
加藤は一瞬、背筋が寒くなる思いをしたが、好奇心が勝り、中に入った。
薄暗い中、彼は小さなロッカーを見つけた。
中を開けると、いくつかの古びた衣服や日記が出てきた。
その日記には、過去にこの森で一人で過ごした女性の体験が綴られていた。

日記の内容は次第に不穏なものへと変わっていった。
彼女は独りで森に住み続けるうちに、次第に精神が崩壊していったと書かれていた。
そして、最後のページには、「一人でいると、見えないものに引き込まれる」とだけ書かれていた。
その言葉に加藤は心をざわつかせた。

突然、背後で「さあ、来て」と囁く声が聞こえた。
その声は、明らかに女性だった。
恐怖で思わず振り返ると、誰もいなかった。
その瞬間、加藤は頭の中が真っ白になり、逃げ出さなきゃと感じた。
しかし、外に出ることすらままならない。
彼の視界が徐々にぼやけていく。

時間がどれだけ経ったのか、加藤は気づくと小屋の中に一人きりで座り込んでいた。
外の音は消え、森の静寂の中で、自分だけが取り残されたような感覚に襲われる。
周囲には、彼が迷い込んだ森の深い影が迫ってきている。

「助けて…」と、心の中で呟くも、それすらも誰も聴いてくれない。
彼は独りの間に、取り憑かれたように小屋の隅に目を向けた。
上述の女性と同じように、誰かに見られている気配がした。
背中に冷たいものを感じ、振り返ると、そこにはただの影があった。

不安が募るにつれて、彼は足元から何かが這い上がってくる感覚を覚える。
どんどんその感触が強くなり、彼はようやく我に返ろうとした。
しかし、彼の意識は徐々に朦朧としていく。
心の中で響く声は、ついに「私と一緒にいよう」と誘うようにささやいた。

気を失った加藤が目を覚ました時、彼はもう小屋の中にいなかった。
周囲には辺りを囲む巨大な木々、暗い森が広がっていた。
あたり一面は静まり返り、ただ木々のざわめきだけが聞こえる。
彼の身体は、まるで別の場所に来てしまったかのように感じた。

彼は、とうとう恐れていた現象に飲み込まれてしまったのかもしれない。
そして、加藤はこの森から出ることができないまま、永遠に一人で過ごし続ける運命を背負ったのだった。
部分的に消え去った彼の存在は、今もこの森のどこかで、独りの間に彷徨い続けている。

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