「霧に呑まれし帰村祭」

秋の深まりとともに、村は霧に包まれる日が増えてきた。
特に、毎年の如く訪れる「帰村祭」の日の夜は、霧が厚くなり、村人たちにとっては不気味な空気が漂っていた。
この祭りでは、先祖の霊を招き、感謝の意を示す儀式が行われるのだが、最近は村の若者たちの間で「帰りたくない」と呟く者が増えていた。

その夜、私は久しぶりに故郷の村に帰ることを決意した。
霧の中、道を進んでいると、次第に周囲がかすみ、視界が遮られていく。
手探りで進む中、ふと不気味な音が耳に飛び込んできた。
それは、誰かが呼んでいるかのような低音の囁きだった。
「帰ってきたのね…」という声が耳元で響く。

気持ちが悪くなりながらも、私はさらに進んだ。
村に着くと、かつての友人たちの姿が現れたが、その表情は何とも言えぬ緊張感に包まれている。
村人たちは祭りの準備を進めていたが、皆、どこかそわそわしていた。
私も参加することにしたが、心の奥で何かが渦巻いていた。

祭りが始まっても、霧は一向に晴れない。
それどころか、村の中に漂う霧はどんどん濃くなり、目の前の景色がぼやけていく。
いつの間にか、周囲の人々がそれぞれに独り言を呟いている。
「帰りたくない」「戻りたくない」その言葉が、まるで呪文のように私の心に響いてくる。

不安を覚えた私は、誰かに聞いてみることにした。
「どうして皆、そう言うの?」と。
すると、村の老人が声を潜めて耳打ちしてきた。
「この霧は、帰ってきた者を呪うと言われている。その中には、帰りたくても戻れない者たちがいるのだ。」

私の心臓が鼓動する。
「戻れない?」その言葉が霧の中で回る。
すると、ふと目の前に黒い影が現れた。
それは私のかつての友人、翔太だった。
彼は目を虚ろにさせ、私の肩に手を添え、こう囁いた。
「帰りたくなかったのに、なぜ戻ったんだ…?」

驚きで息を呑むと、翔太の姿がゆらりと消えていった。
恐怖に駆られ、私はその場を離れようとした。
霧の中では、友人たちの顔が次々と現れ、囁く。
「戻れ、戻れ…」その声が次第に大きくなり、心の奥を締め付けてくる。

私は必死に走り出した。
周囲の視界はまったく無く、道も分からない。
ただ、帰りたいという感情だけが頭を占めていた。
しかし、足元からは何か冷たい感触が絡みついてきて、身体が重くなっていく。
「戻ってこい」という声が、再び耳元で繰り返される。

最後の力を振り絞って振り返ると、あの日の仲間たちが霧の中から浮かび上がる。
彼らは何か言いたげにこちらを見ているが、その表情は強張っている。
理解できない恐怖が胸を覆った。
「あなたたちが呪っているのか?」と自問するが、その答えは見つからなかった。

その瞬間、再び翔太の姿が現れた。
「霧の中の間に留まる者は、帰れない」と彼が呟く。
その言葉が、私の心を締め付ける。
「帰りたくても、もう戻れないのか?」息を飲むと、霧が一層濃くなり、視界が再び閉ざされてしまった。

私はもはや、故郷に戻ることはできなくなってしまったのだろうか。
友人たちの声が霧の中で消えていくのを感じながら、ただ、呪われた霧の中で彷徨い続けるしかなかった。

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