「因果の書店」

古びた書店が立ち並ぶ街の片隅に、一軒の小さな書店があった。
その店には、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。
日中は燦々とした陽射しが降り注いでいても、店の内部はいつも薄暗く、背の高い書棚が所狭しと並び、古い本の香りが漂っていた。
この書店は、長い間誰も完全に理解できない謎の存在感を持っていた。

ある日の夕暮れ、大学生の健二は友人たちの誘いで、その書店に足を運んだ。
「ここは一度行ってみたかったんだ」と健二は言った。
友人の明美は少し不安そうな顔をしながら、「あまり触らないほうがいい本もあるから気をつけてね」と注意を促したが、健二はその言葉を軽く流すようにして店の中へと入った。

店内は静まり返っていた。
時折、本がほんの少し動く音が聞こえるが、何かが動いているようには感じなかった。
健二は手に取った本の表紙に目を通す。
古びた表紙には、まるで何かの詩が書かれているようだった。
しかし、ページをめくると、そこにはただの白い紙が並んでいた。

「なんだ、これ?」健二は首をかしげた。
すると、横から明美が近づいてきて、「その本は特別なものだから、手を触れない方がいい」と再び警告した。
「触れた者は、ある現象に遭遇するという噂があるんだ。」

健二は明美の言葉を無視して、本をもう一度じっくり見つめた。
その瞬間、店の風景が一瞬歪み、周囲の空気が重たく感じた。
そして、彼は脳裏に不気味な映像が浮かんできた。
それは、書棚の陰に潜む影のようなものだった。
明美が驚いた声をあげると、健二は本を手放すことにした。

しかし、その時、何かが彼の背後で囁いた。
「戻れない…」その声は、誰のものでもないように思えた。
彼は振り向くと、目の前に焦点の合わない少女が立っていた。
彼女の目は異常に大きく、無表情で彼を見つめている。

「あの本に触れたことで、あなたは因果の輪に囚われてしまったの」という言葉が、まるで彼の心を掴むように響いた。
恐怖に駆られた健二は一歩後退り、明美の方を見たが、彼女はすでに何かに怯えてその場を動けなくなっていた。

「この書店には、過去の思い出や、触れてはいけない因縁が隠されているの」と少女は続ける。
「あなたがその本に触れたことで、あなたの未来が脅かされる。あなたの因果が変わるの。」

健二は目の前の少女が何を言いたいのかわからなかった。
ただ、自分の選択がもたらす結果が恐ろしいことだけは理解できた。
彼は恐怖で身体が震え、どうすることもできなかった。
少女はすぅっと彼に近づき、その空気がさらに冷たく感じられた。

「思い出せ、あなたの心にあるすべての間違いを」と少女はとうとう彼に触れると同時に、健二の心の中に無数の過去の出来事が蘇ってきた。
小さな頃の失敗、友人との別れ、そして大切な人を傷つけた記憶。
どれもが彼を苦しめた。
その痛みが一つの影となり、彼を包み込んだ。

「あなたは気づいているはずよ。因果は避けられない。だから、あなたはここから出られないの。」少女の声が響く。
健二は、ただ怯えて立ち尽くすしかなかった。

明美もまた、健二の悲痛な叫びを耳にしながら、その場から動けずにいた。
「行かないで、健二!」と叫んだが、その声は風にかき消され、健二の姿は次第に薄れていった。
彼の運命は書店に定められ、不気味な因果の中に消えていった。

書店はいつも通りの静寂に戻り、物語はそこで封じ込められたまま、静かに尻尾を巻いて待っている。
次にその本に触れる者のために。

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