「選ばれし者の声」

静かな秋の夜、弘樹は友人たちとキャンプに出かけた。
彼らが選んだのは、北海道の奥深くにある廃村だった。
昼間は美しい自然に囲まれ、楽しい時間を過ごしたが、夜になるにつれ、不気味な雰囲気が漂い始めた。
村のはずれにある小さな神社は、名も知らぬ歴史的なもののようで、周囲には朽ち果てたお札がたくさん貼られたまま放置されていた。

弘樹は興味を持ち、神社に足を運ぶことにした。
友人の優子と浩樹も付き添うことになった。
神社の境内は、月明かりが新たな影を生み出し、風の音とともに異様な沈黙が広がっていた。
弘樹は、何か神秘的なものを感じていた。

「ねえ、これ見て」と優子が神社の近くにあった、古びた石碑を指差した。
「何か書いてあるよ。でも、読めないな。」

弘樹は近づいて見てみると、石碑には異様な文様が刻まれていた。
険しい暗闇の中で、その模様が醸し出す不気味な雰囲気に惹かれた。
弘樹はそれを触ってみようと手を伸ばしたが、なぜか躊躇してしまった。
「触らないほうがいいって」と浩樹が心配そうに言った。

そのとき突然、暗闇の中から微かな音が聞こえてきた。
何かがささやいているような音だった。
最初は風の音かと思ったが、次第に人の声に近いような響きを持つことに気づく。
「帰らない方がいい…帰らない方がいい…」と、彼らの耳元に響くささやき。

弘樹は体が凍りつくような恐怖を感じながらも、心のどこかではその現象に引き寄せられた。
「ちょっと、あれ何かおかしくない?」と優子が言う。
浩樹も不安げに周囲を見回していた。

「もしかして、神社に何かいるのかも」と弘樹が言った瞬間、石碑の周りに集まっていた影が不意に揺れ動いた。
だが目を凝らしても、それらが本当に何なのか確かめることはできなかった。
緊張が高まる中、優子が「帰りましょう、ここは怖すぎる」と声を震わせた。

弘樹は彼女の言葉を否定しようとしたが、急に背筋が凍る感覚が走った。
彼らの背後から「帰らないで…帰らないで…」という声が響いた。
その声はかすれており、とても寒気を感じさせるものだった。
優子は恐怖で震え、彼女の手を浩樹は強く握りしめた。

「行かないと、何か起きそうだ…」と浩樹は言った。
だが、その言葉が空気を重くし、何かが迫っているように感じられた。
弘樹は恐怖を感じつつも、好奇心が勝ってしまった。
「声の正体を確かめてみたい」と言った。

そのとき、再び声が振動してきた。
「お前が選ばれた者だ…選ばれた者だ…」その瞬間、神社の境内が震え、周囲の暗闇が濃くなった。
弘樹は驚きつつも、その声がどこから響いているのか確認しようとした。

目の前にある物体が、まるで生きているかのようにひそひそと響き続ける。
弘樹はその何かが、彼に向かって手を伸ばしているように感じた。
「逃げよう、弘樹!」優子が叫んだ。
その声を受けて、弘樹は我に返った。
しかし、足は動かず、体が凍りついたようだ。

「もう遅い。お前はここに残らなければならない…」その言葉は、まるで暗闇から直に彼の心の奥に響いた。
弘樹は、自分自身がその「選ばれし者」になったことを恐怖の底で感じていた。

「お願い、帰ろう!」優子が泣き叫んだ。
浩樹が優子を引き寄せ、二人は急いで神社を後にした。
しかし、弘樹だけがその場に取り残された感覚に包まれていた。
暗闇の中、彼は振り返り、悲しい声がいつまでも響き続けるのを聞いていた。

それから時が経つにつれ、優子と浩樹は何とか村を離れたが、弘樹の姿が見つからなかった。
神社の周囲には何もなかったかのように、人々はその話を封印することに決めた。
だが、月明かりの中で、今もなお、何かがその新たな「選ばれし者」を待ち続けているのかもしれない。

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