「選ばれし者の悲劇」

深夜のトンネルは静まり返っていた。
古びたトンネルは地元の人々にとって忌み嫌われており、怪談の舞台となることが多かった。
特に「悲しみの印」と呼ばれる存在についての噂が広まり、多くの観光客がその噂に誘われるように訪れるようになった。
しかし、実際にこのトンネルに足を踏み入れる者はほとんどいなかった。
なぜなら、トンネルの奥で見たものは決して人間の心には受け入れられないものだったからだ。

その夜、大学生の大輔は友人たちと共にこのトンネルに肝試しに来ていた。
彼らは勇気を振り絞り、懐中電灯の光を頼りにトンネルの暗闇に飛び込んだ。
大きな声を出し、非日常の興奮に浸っていたが、心の中ではどこか不安を感じていた。
彼と共にいたのは、健太と美咲の二人である。
健太は好奇心旺盛な性格で、何事にも挑戦してみるタイプだった。
一方、美咲はいつも冷静で、どこか慎重な姿勢を崩さないタイプだった。

トンネルの奥に進むにつれ、空気が重く、肌寒さが増してきた。
「大丈夫か?なんか変な感じがするよ」と健太が言う。
大輔はその言葉を無視して進み続けた。
「ただの肝試しだろ。何も起きないって」と言い張るが、心のどこかで不安が広がっていた。

やがて、トンネルの中ほどに差し掛かると、突然、懐中電灯の光が一瞬消えた。
暗闇が深くなると、彼らは勢いを失い、互いに顔を見合わせた。
「何だ、今の?おい、健太、スイッチ切ったのか?」と大輔が聞くと、健太も不安そうに顔をしかめた。
「ううん、俺じゃないよ。多分、バッテリーが…」

その瞬間、彼らの周囲に響くような声が聞こえた。
「帰りなさい…帰りなさい…」それはどこか冷たい響きを持った女性の声だった。
美咲は顔を白くし、「これ、やめましょう」と言った。
彼女は背後を振り返り、トンネルの出口を見据えた。
だが、出口はもう見えないかのように、恐ろしい暗闇が広がっていた。

健太は恐怖に駆られ、「早く出よう、戻ろう」と言ったが、大輔は不思議な興奮を感じていた。
「もう少し奥に行こう。あの声の正体を確かめてみたいんだ」と言った。
友人たちを引きずるように、彼はトンネルの奥に進んでいった。

トンネルの壁には、奇妙な印が刻まれていた。
それは古びた文字と美しい模様で構成され、どこか心を引き寄せる魅力があった。
しかし、美咲はその印に背筋が凍るような恐ろしさを感じた。
「絶対に触れないで、大輔。何かあったら戻れなくなるわ」と彼女は警告した。
だが、大輔は好奇心に勝てず、印に手を触れた。

その瞬間、再び声が響いた。
「選ばれし者…選ばれし者…」と。
突然、トンネルが揺れ、暗闇の中から幻影のような女性が現れた。
彼女の顔は不気味に歪んでおり、目は無機質な輝きを放っていた。
大輔はその存在に呆然とし、恐怖から一歩も動けなかった。

「あなたは私を選びました。私の代わりにこの地に残りなさい」と彼女は囁いた。
大輔はその言葉を聞いて、自分がどこにいるのか、何をしているのかを理解し始めた。
彼はただの肝試しのつもりで来たが、いつの間にか呪いのような運命に引き寄せられていた。

美咲は恐れを抱えながらも、健太を引き寄せて「逃げましょう」と叫んだ。
二人は全力でトンネルの出口に向かい、大輔を置き去りにした。
彼の後ろで、女性の声がさらに大きくなった。
「逃げられない…逃げられない…」

やがて二人は出口にたどり着き、ようやく外の世界に戻った。
振り返ると、トンネルは静かに佇んでいたが、大輔の姿はもうなかった。
残された美咲と健太は、その後何度も大輔を探しに行ったが、トンネルは立ち入り禁止の場所となり、何も見つけられなかった。

トンネルの噂は続き、今でも人々は「悲しみの印」を語り、大輔の行方を知る者はいない。
その後の生活の中で、美咲と健太は何度も夢の中に現れる大輔の姿を思い出しながら、いつか彼を見つける日を願い続けるのだった。

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