彼の名は健太。
日本のどこにでもいる平凡な若者で、大学生活を送るごく普通の学生だった。
彼の日常は講義とアルバイト、友人との何気ない会話で成り立っていた。
しかし、最近彼は奇妙な現象に悩まされていた。
影だった。
最初は何でもないと考えていた。
暗い路地を歩いていると、ふと後ろに人の影が見えることがあった。
しかし、振り向いてもそこには誰もいなかった。
それでも、影はいくつかの夜、彼の隣に静かに佇んでいることが続いた。
周囲には人の気配は全くないのに、彼の後ろに冷たい視線を感じるのだ。
ある晩、彼はいつものように遅く帰宅していた。
その道は街灯も少なく、影が濃くなりがちであった。
ふと目を上げると、また同じ影が彼の背後にいた。
今度は確実に彼の動きに合わせて影が寄り添ってくる感覚があった。
ゆっくりとした足取りで帰るのが怖くなり、彼は早足でその場を離れようとしたが、影もそれに合わせて速さを増した。
健太は焦り、ついに逃げ出すことにした。
彼は全力で走り、いつもは10分で帰れる距離を、5分で駆け抜けた。
そして、家のドアを叩きつけるように開けて中に入ると、ほっと胸を撫で下ろした。
しかし、自室に灯りを点けると、部屋の隅に彼が恐れていた影がいた。
彼はその影と向き合い、恐怖と戦った。
影は彼の存在を脅かすかのように静かに動き、その形は時折人の形になっては消えていった。
何かの意思を持っているかのように、影は彼に近づいてきた。
まるで彼の心の内側に潜り込み、彼が抱えていた恐れや不安をあぶり出そうとするかのようだった。
「あなたはだれ?」彼は声を震わせて影に問いかけると、影はそのまましばらく静止していたが、やがて薄い声が返ってきた。
「私はあなたの影。あなた自身を見せてほしい。」その瞬間、彼の中に何かが引き寄せられる感覚が走った。
その影に言われるがまま、彼は自分の中の恐れを見つめ直すことを決意した。
影はすべての恐れや葛藤、未解決の問題を象徴していた。
大学生活でのストレス、将来への不安、他人との関係における緊張感、全てが影の奥に隠されていたのだと気づいた。
その夜、彼は過去の自分と対話を始めた。
自分が抱えていた“呪”を解くための覚悟を持たなければならないと感じた。
彼は心の中に溜め込んでいた恐れを一つ一つ拾い上げ、「もういい」と声に出していった。
影はその度に薄くなり、彼の心の中での負の感情が少しずつ消えていくのを感じた。
やがて、彼は疲れ果ててベッドに横たわった。
目を閉じると、いつの間にか疲れが彼を深い眠りへと誘った。
夢の中で、彼は影と向き合い続けた。
彼の心が軽くなると、影も次第に優しい影に変わっていった。
そして彼はついに、影に感謝の言葉を告げることができた。
翌朝、目を覚ました健太はさわやかな気分だった。
影の存在はもはや恐怖ではなく、自分の成長を示すものであると理解した。
そして、彼は影とともに歩むことができると感じた。
過去の恐れを受け入れることで新たな一歩を踏み出すことができたのだった。
影は彼の一部となり、己を知る大切な存在として彼の心に留まった。