静かなある夏の晩、地元の友人たちが集まり、キャンプをすることに決めた。
場所は人里離れた山奥。
悪天候の影響を受けたのか、キャンプ場にはほとんど誰もいなかった。
彼らは、焚き火を囲みながら、楽しいトークや笑い声を響かせていた。
しかし、夜空が星で満たされ、静寂が訪れると、少しずつ不穏な空気が漂い始めた。
その晩、リーダーの佐藤と、彼のクールな友人の鈴木、そしてお調子者の田中がいた。
焚き火が揺れる中、佐藤が提案した。
「みんなで怖い話をしようぜ!」その言葉に応じるかのように、鈴木が先に話し始めた。
「この山には、昔、迷い子になった少年の話があるんだ。夜中に、彼は森の中で物音を聞いたらしい。知らない声に呼ばれて、どこかへ誘われてしまったって…」
その瞬間、田中がまるで外からの音に反応するかのように耳を澄ました。
「何か聞こえないか?」と言った。
しかし、その時は何も聞こえなかった。
ス深まる夜、焚き火の火が徐々に小さくなる中、鈴木が続けた。
「その少年は、呼ばれる声に導かれ、知らぬうちに山の奥へと進んで行った。そして、彼が戻ってこないことを心配した両親が探しに行くと、彼の声だけが、森の奥から響いてきたと言われている。」
その話が進むにつれ、周囲にどこからともなく耳障りな音が聞こえ始めた。
それは低い囁き声のようで、何かを求めるような響きを持っていた。
田中が声を大にして言った。
「冗談だろ?これって本当の話なの?」しかし、彼の言葉に気を使うように、周囲は沈黙に包まれた。
その時、再び声が響き、その声は明確に聞こえた。
「帰ってきてほしい…」その一言は、まるで誰かの心の声のように彼らの耳に入った。
驚く鈴木が言った。
「これ、マジかよ…」そして、焚き火の光が揺れ、森の奥からその声が繰り返された。
「帰ってきてほしい…」
恐怖が彼らの心を掴み始めた。
その瞬間、鈴木が立ち上がり、声の方向へと足を進めた。
「待て、鈴木!行くな!」佐藤が叫んだが、鈴木の足は止まらなかった。
まるで彼を引き寄せるかのように、その声が強く響いていたからだ。
佐藤と田中は恐怖を抱えながら、鈴木を追いかけようとしたが、次第に森の暗闇が彼らを囲み、一瞬のうちに鈴木の姿が見えなくなってしまった。
二人は道を見失い、恐怖で心臓が締め付けられた。
暗い森の中で、再び「帰ってきてほしい…」という声が響く。
鈴木の声ではないのに、どこか彼の声に似ているように感じた。
彼らは恐る恐る静まり返る森の中を歩き続け、鈴木を探し続けたが、声は遠くなり、希望は次第に失われていった。
彼らの背後で不気味な音が響き、「帰ってきてほしい…」という声が繰り返される。
次第に自分たちが迷子になってしまった焦りと恐怖が心を支配していく。
とうとう、二人は疲れ果て、声が完全に消えたと感じた。
その時、近くの木々の間から鈴木がふらりと現れた。
しかし、その表情はどこか生気を失っていた。
佐藤が「鈴木、何があったんだ!」と叫ぶと、鈴木はただぼんやりと「帰りたくない…」と呟いた。
その言葉に佐藤と田中は胸が締め付けられた。
彼は、森の魅力に引き寄せられてしまったのだろうか?三人はいったんキャンプ地に戻り、恐怖を隠して夜を明かすことにした。
しかし、彼らの心の奥には、鈴木が二度と元に戻ることができないという恐れが深く刻まれていた。
彼らは、その夜以来、声の正体を恐れ、その地を二度と訪れることはなかった。