大学生の佐藤行（さとう こう）は、友人たちとの約束をすっぽかし、ある夜、一人で川沿いの静かな公園に足を運んだ。
降りしきる雨は、暗い空と冷たい風に混ざり合い、不気味な静けさを生み出していた。
その公園は昔から「還る公園」として知られ、訪れる者たちには不思議な体験が待ち受けているという噂があった。
行はそんな話を聞いたこともあったが、今の彼にはそんなことは全く関係がなかった。
ただ静かな時間を過ごしたかっただけだった。
公園には、誰もいない。
大きな木々が天を覆い、地面は湿っていて、草が生い茂っていた。
行はベンチに腰を下ろし、雨音を聞きながら、何も考えずぼんやりとした。
ふと、彼は自分の心が空っぽに感じることに気づいた。
大学生活が忙しく、友人たちとの関係も疎遠になっていた。
何かを求めてここに来たが、それが何なのか、全くわからなかった。
時間が経つにつれ、行の周りの空気が変わってくるのを感じた。
ひんやりとした風が彼の背筋を撫で、視界の端に何かが動くのを見た。
目を凝らすと、朦朧とした白い影が木々の間から彼を見つめていた。
彼の心臓が跳ね上がる。
恐怖を感じると同時に、その影の正体に気が引かれた。
何かに引き寄せられるように、彼は立ち上がり、影の方向へと歩き始める。
近づくにつれ、その影が女性の姿であることがわかった。
薄い白い服をまとい、長い黒髪は雨に濡れて肩を覆っている。
彼女は何も語らず、ただじっと彼を見つめていた。
行は、自分が何を求めているのか、ようやく理解し始めていた。
彼は心の奥底に隠れていた不安、孤独、そして離れかけていた友人たちとの関係を思い出していた。
「あなたは、還りたいの？」と、行の心の声が響いた。
彼は何も答えられなかったが、女性の目には彼の心の不安や孤独が映っているようだった。
影は少し微笑むと、足元の湿った地面に指を差した。
すると、そこから小さな光の点が浮かび上がり、次第にその数を増していく。
周囲が優しい光に包まれると、行は不思議な安心感を覚えた。
少しずつ女性は近づいてきて、ささやくように言った。
「この公園に来ると、忘れた思い出や失った関係を再確認できるのよ。離れてしまったものを、もう一度還す力があるの。」その言葉に、行は心がざわめいた。
失った友人との思い出がフラッシュバックし、彼を責める声が聞こえるようだった。
「もう、戻れないのではないかと思った。」行は声を震わせて言った。
「今さらどうやって彼らに会える？僕は一人でここに来たんだ。」女性は彼への思いを優しく受け止めるように、彼の手を取ると皮膚の温かさを感じさせた。
やがて彼らの間を流れる温かい光が、心の奥深い痛みを癒すかのようだった。
だが、その瞬間、彼の脳裏に過去の出来事がフラッシュし、彼は身をよじった。
大学のサークルでの喧嘩、友人との誤解、孤独を選んでしまった自分。
心の中に渦巻く情緒が、彼を暗い影に導いた。
女性は微笑を絶やさず、不安を抱える行に対して優しさを示した。
しかし、彼の心は現実からの逃避を望んでいた。
その時、影が明るさを吸い込んでいくように、行の心の中に暗雲が立ちこめ、彼の顔は恐怖に満ちていた。
視界が次第に暗くなり、彼はこのまま永遠にこの公園に留まることになってしまうのではないか、と思った。
「どうにかして戻りたい。私が失ったものを取り戻したい！」との願いが、心の奥から叫びをあげた。
そして、女性は静かに彼に微笑みかけ、その手を離した。
突然、周囲の光が強まり、次の瞬間には目の前が真っ暗になった。
行は一瞬、何が起きたのか分からなかったが、また公園に戻されていることに気づいた。
すべては静まり返り、暗闇の中で一人立ち尽くすことに。
彼は、あの女性は本当の自分の心の影だったのかもしれないと思った。
失ったものの存在を思い出させ、その記憶に苦しむことを教えてくれたのだから。
行は静かに目を閉じ、心の中で過去の友人たちに別れを告げた。
それから行は立ち上がり、公園を後にした。
彼は再び友人たちと会うための一歩を踏み出す決意を固めていた。
戻るべきところ、還るべきところは、もう自分の心の中にあるのだと気づいたから。
