村の名は「柳村」。
かつては美しい自然に囲まれた小さな村だったが、今では人々の笑い声も消え、ひっそりとした静けさが支配していた。
村の中央には古びた台が置かれており、何もない台の上には小さな人形が一つ置かれていた。
その人形は、まるで生きているかのように村人たちの心を掴んで離さなかった。
ある晴れた日、大学生の裕二が柳村に訪れた。
彼は田舎の生活を体験しようとして、友人たちと共にこの村を選んだのだった。
裕二たちは、村の静けさと不思議な雰囲気に面白さを感じ、特にその台に興味を持った。
村人たちはその人形を「消えた子供の霊が宿る」と噂しており、裕二たちはその話題を楽しんでいた。
「夜になったら、その人形を触ってみようぜ」と友人の健太が提案した。
裕二は半信半疑だったが、皆の目がその提案に期待を寄せるのを見て、入れ込むことにした。
こうして日が暮れ、月明かりが静かに村を照らす頃、裕二たちは台の前に集まった。
彼らの周囲は夜の闇に包まれ、不安と好奇心が入り混じった空気が充満していた。
「それ、触った瞬間に何か起こるって噂だぜ」健太が声を潜め、恐怖感を煽る。
「試してみるか？」
裕二は台に近づき、人形の頭を軽く触れた。
その瞬間、ざわざわとした空気が周囲を包み込み、視界が一瞬霧がかるようにぼやけた。
裕二は驚き、手を引っ込めたが、友人たちはすでに彼を囲むように集まっていた。
「何が起きた？」と浩子が興奮し、裕二を取り囲む。
「大丈夫？」
「さあ…、何も感じなかったよ」と裕二は言うが、彼の心の中には不安が波のように押し寄せていた。
次の瞬間、人形がじわじわと動き出し、台の上で微笑みを浮かべた。
村人たちはその様子を見て息を呑んだ。
裕二たちも恐怖に包まれ、何もできなかった。
「消えてしまうよ…」村の老婆が呟く。
「人形の声を聞く者は、存在を吸い込まれてしまう。」
音もなく人形の目が暗がりに吸い込まれていくかのように見えた。
裕二たちの周囲の気配が一変し、台から不気味な冷気が襲いかかる。
彼らは恐れて逃げ出したが、村の道はいつもと違う。
足元は滑るように暗く、視界が歪んでいる気がした。
「どうして、戻れないんだ！」健太が叫ぶ。
道の先には、かつて村人たちが忘れた記憶がさまよっているかのように見えた。
裕二は冷静を保とうとしたが、不安が心を締め付け、暗闇から人々の悲鳴が響いてくるのを聞いた。
彼らは消えてしまった子供たちの霊だろうか？彼の心には恐ろしい予感が広がった。
必死に走った結果、裕二は突然立ち止まった。
思い出したのだ。
この村の伝説。
人形に願いを込めた者が代償を求められるという話を。
彼は願いなどかけないと決めていたが、皆の好奇心に流され、無意識にその罠にはまってしまったのだった。
今、裕二はその代償を背負う立場に立たされていた。
「もしかしたら、私たちの存在が消えてしまうのかもしれない」という思いが彼を包み込んだ。
彼は必死に叫んだ。
「村の人々、消えないでください！」
しかし、そもそも願い事をかけたのは裕二だった。
その台の前で触れたのは彼自身。
霊が人形を通じて彼に語りかけていたのだ。
裕二はその視線が自分を捕まえ、消し去ろうとしていることを理解し、最期の決断を下した。
「私に、過去を背負わせてください！」
その瞬間、周囲が静まり返り、彼は意識を失った。
彼が目を覚ますと、ただの台と人形があった。
村は元の姿に戻ったように静かで、裕二もすでに「柳村」の一部として、消えてしまったのだった。
