雨が降りしきる夕暮れ時、小さな村の外れにある古びた家で、佐藤優子は一人、静かに本を読んでいた。
彼女はその村で生まれ育ち、特に珍しいことがない平穏な日常に満足しているつもりだったが、彼女の心には常に何か物足りなさが残っていた。
そんなある日のこと、優子は近所の古い神社の話を耳にした。
その神社には「折れた木」があり、その木は「生」を象徴する神木だった。
しかし、村人たちはその木を「散りゆく運命を示すもの」として恐れ、幾度もその周囲を避けるようにしてきた。
そこには実に奇妙な伝説があった。
興味を抱いた優子は、その神社を訪れることにした。
もう陽が沈みかけていたが、彼女は不安を振り払って神社の境内へと足を踏み入れる。
周囲は静まり返り、不気味な空気が漂っていた。
神社の中央には、確かにその「折れた木」が立っている。
幹は見事に二つに折れ、力強かった時の面影を残しつつ、朽ちかけていた。
優子は思わず、その木に触れてみた。
木の表面はひんやりと冷たく、まるで生きているかのような感触を覚えた。
すると、彼女の脳裏にある映像が瞬時に走り抜けた。
彼女はかつての自分の姿、そして失われた友人たちとの思い出がフラッシュバックしてきた。
生き生きとした笑顔が彼女の心を満たし、同時に一抹の寂しさがこみ上げてくる。
その瞬間、何かが彼女の背中を押すように感じた。
優子は立ち尽くしていると、突如、風が吹き抜け、木の葉が逆巻き始めた。
今まで静かだった境内がどよめき、周囲の景色が歪んでいく。
優子は驚き、身をすくめた。
その時、耳元で誰かの声が囁いた。
「もう戻れない…」
恐怖に取り乱しながら振り返るが、誰もいない。
先ほどまでの平穏な風景は、今や異様な暗雲に覆われ、どこか冷たく感じた。
優子は動けずに立ち尽くし、そのまま何が起こるのかを見守っていた。
突然、彼女の目の前に、薄暗い影が浮かび上がってきた。
それはまるで、彼女自身の過去の記憶が具現化したかのようだった。
一人の少女が現れ、柔らかな微笑みを浮かべている。
優子はその少女の目に見覚えがあった。
それは、彼女の幼馴染、 美咲だった。
「優子…私、ずっと待ってたよ。」美咲の声は優しく、しかしどこか悲しげに響いた。
「私たち、もう一度会えたね。」
優子の心は高鳴る。
美咲は数年前、事故で命を落としていた。
彼女の両親もそのショックに打ちひしがれ、村を去ってしまった。
その現実を呪うように、優子は涙を流した。
「どうして、どうして戻ってきたの？」
美咲は微笑むが、その表情はどこか曖昧で、まるで霧の中にいるかのように優子を見つめていた。
「私はここでずっと、あなたを見守っていたよ。でも、私の存在はあなただけのものじゃない。運命が…分かれてしまったの。」
言葉が霧散するように、彼女の姿は次第にぼやけていく。
優子は花びらのように一枚一枚、思い出が散りゆくことを感じた。
「いや、離れたくない、戻ってきて！」彼女の叫びも虚しく、美咲の姿は完全に消えてしまった。
彼女はただ、折れた木の前に立ち尽くし、虚無感に包まれていた。
風が静まり返り、周りは元の静けさに戻る。
優子は自分が何を失ったのか、何を得たのかもわからず、それでも確かに彼女の心には何かが刻まれていた。
「生」と「散」、その狭間で優子は迷い続けることになった。
彼女の心には、過去と未来が交錯する折り合いを求めていた。
しかし、その選択は彼女自身がするしかなかった。
最終的に、優子が選ぶ道はどこへ続くのだろうか。
すべては彼女の手に委ねられていた。
