その日は、東京の片隅にある古びたビルの地下にある小さな怪談喫茶「影の停留所」で、静かな夜が過ぎていた。
喫茶は独特の雰囲気で、薄暗い照明と壁に飾られた無数の怪談本が、訪れる人々を不思議な気持ちにさせる。
しかし、この日は特に異様な静けさが漂っていた。
客たちは、数人の常連が集まり、恐る恐る語られる話を聞き入っていた。
しかし、その語り手の一人である中村という少年が目を暗くし、ふと口を開こうとしてはやめることを繰り返していた。
彼はまだ高校生の無邪気さが残る年頃だが、目には不安の影が浮かんでいた。
いつもは楽しげに盛り上がるはずの喫茶は、なぜか中村の心の重さに引き込まれ、静まり返っていた。
中村はいつの間にか、自分が語ることができる恐怖の物語を持っていることに気づいていた。
それは、彼が友人たちと訪れたある廃墟での出来事だった。
「いいかい、あの時のことを話す。」中村は同席する友人たちを見渡し、彼の心に渦巻く恐怖を口にすることにした。
「あの日、俺たちは廃墟に肝試しに行ったんだ。初めは笑って、どれだけ怖いことを体験できるかを競ってた。でもさ、ある部屋に入った瞬間、なんか空気が変わって、不気味な静けさが広がったんだ。」中村の声は不安定で、その言葉に同行していた友人たちの表情が固まる。
「その時、俺たちの視界の端に、影のようなものが見えたと思ったんだ。でも、誰もその影を見なかった。俺だけが見たのかな。何かがそこにいる感じがして、心臓がバクバクした。その瞬間、友達の一人が「停まれ」と言ったんだ。
」
「停まれ?それってどういう意味?」別の友人、村田が首をかしげる。
中村は答えた。
「その瞬間、俺たち全員が動けなくなってしまった。まるで身体が石になったみたいに。何かに引き止められている感覚。」
中村の話が続く中、恐怖が喫茶の空気をさらに冷やしていく。
彼は廃墟の記憶を呼び起こし、続けた。
「影は薄暗がりから少しずつ近づいてきた。俺たちは逃げようとしたけど、全く動けない。何が起こってるのかわからない。ただ、その影が俺たちを貪っているように感じた。」
中村は言葉を詰まらせた。
彼はその恐ろしい瞬間を思い出すたび、心が締め付けられるようだった。
「ここから引き返すことはできなくて、俺たちはただ、万が一のために目を閉じて、黙っていることしかできなかった。」
「その時、影が俺のすぐそばにいて、「意識を止めろ」と囁いた。
声が耳の中で響くようで、全身を貫いてきた。
信じられないかもしれないけれど、それが本当なんだ。
」
彼の語る言葉は、他の客たちの心に恐怖を植え付けていった。
次第に重苦しい空気が漂う中、彼は続けた。
「その後、俺たちは意識を一瞬失った。次に目を覚ました時、廃墟には友達が一人いなかった。戻ったとき、俺たちは何が起きたのかわからなかったし、彼がどうなったのかもわからなかった。ただ、身体が自然に戻るように、物語が終わったように思えたんだ。」
中村の話が終わると、喫茶には静寂が広がった。
客たちの目は彼に注がれ、口を閉ざして耳を傾けた。
奇妙に感じることと、明確な恐怖の狭間で、次に何が起こるのか誰もがわからなかった。
喫茶の空気が重く、壁にはその影の存在が潜んでいるかのように冷たさが増していく。
中村はもう一度その瞬間を思い出し、心のどこかに残る恐ろしい記憶が次第に彼を蝕んでいくのを感じた。
次の言葉を発する勇気を持てずに、ただ沈黙し続けた。