「戻ってきた者の哀歌」

深い山道を進むと、古びた集落が見えてきた。
ここは「夜神村」と呼ばれ、住民は皆、神様を信仰しながら、静かに生活していた。
しかし、その村には一つの禁忌があった。
死者は決して村に戻ってはならないというものである。
戻ってきた場合、喪の念に囚われた存在が、誰かをさらってしまうと言われていた。

ある日、大学生の健二は友人たちとともに、夏休みの旅行でその村を訪れた。
普段の生活から離れ、静寂な環境を楽しもうとしていた彼らだったが、集落の不気味な雰囲気に徐々に興味を持ち始める。
そして、地元の人々から語られる禁忌の話に耳を傾けていた。

夜神村の家々は、外に出ると月明かりに煌めく竹の影のように、薄暗い中に佇んでいた。
ふと、健二は近くの神社から不思議な声を聞いた。
「戻ってきた者よ、私は待っている…」その声は、力強さと同時に、どこか哀しみを含んでいた。
興味を抱いた健二は、友人たちを引き連れ不気味な神社へと向かう。

神社に到着した健二らは、神社の前に立つ古い石碑を見つける。
碑には「戻る者、恐れよ」と刻まれていた。
言葉の意味を考えれば考えるほど、不可解な感情が湧き上がる。
しかし、若さゆえの無謀さが勝り、彼らは村人たちの警告を無視し、神社の奥へ進んでいく。

その夜、彼らは神社で不思議な儀式を目撃する。
古びた祭具を持つ村の長老たちが集まり、神に呪文を唱えていた。
健二は何か異様な雰囲気を感じつつも、「ただの風習だろう」と思い込もうとしていたが、彼の心には不安が募った。
祭りが終わると、月明かりの中で神社の奥から若い女性の声が聞こえてきた。

「助けて…」

その声に引き寄せられ、健二は思わず声の方向へと走り出す。
友人たちも彼に続くが、周りはどんどん暗くなり、視界が狭まっていった。
目の前に現れたのは、確かに美しい女性の姿だった。
しかし、彼女の目は虚ろで、まるでここの世界に存在していないようであった。

「私を助けて…」彼女は懇願した。

健二はその声に心を揺さぶられ、手を差し伸べた。
だが、彼女の手を掴むと、ひんやりとした感触が指に走り、驚愕の表情を浮かべた。
瞬間、彼女の姿が変貌し、さらに多くの影が出現してきた。
その影たちは、彼を恐れさせるように囁いた。

「お前も戻るのか…?」

彼は動けなくなり、心の奥で何かが崩れ始める。
周囲の景色が歪み、次第に過去の記憶が蘇った。
愛する人を失った喪失感が、彼への呼びかけになっていたのだ。
彼の心の中の「別れられなかった者」の姿が、女性の形を借りて現れたのだ。

友人たちが逃げようとし、村から離れて行く様子に気づいた瞬間、健二は彼らと共に逃げるべきだと考えた。
しかし、彼の心の中には、永遠に消えることのない喪の念が渦巻いていた。
彼女を助けたいという思いが強くなり、身動きが取れないまま、彼女の声はますます曖昧になっていた。

「お願い、助けて…」

その言葉が彼の心を締め付けていく。
彼は一歩でも近づこうと努力したが、振り返った友人たちはその場から立ち去ろうと必死だった。
健二は自分の手の中に彼女の存在を感じたいと願い続けたが、彼女は次第に動かなくなり、その姿が消えかけていった。

この村の禁忌が真実であることを理解し、健二は全てを受け入れることにした。
その瞬間、彼は自分の選択がもたらす喪失の悲しみを知った。
この覚醒が、彼を深い世界へと引き込むことになる。
彼女の微笑みながら見つめる目と共に、健二は村と共に歩むことを決意した。
しかし、それは新たな喪失の始まりでもあった。

今でも夜神村には、戻ってきた者たちの声が響いているという。
彼らは永遠に、この世界と別の界の狭間を彷徨い続ける運命を背負っているのだ。

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