「美しき悪霊の誘い」

霧深い山奥の集落には、かつて「まお」という悪霊が住んでいたと言われている。
彼女は若く、美しい容姿を持っていたが、その心は冷酷で人間の命を奪うことに喜びを感じていた。
集落では、彼女の存在が恐れられ、村人たちは決して近寄らなかった。

ある晩、若い男性、健太は友人たちと共に肝試しをすることにした。
「まお」の伝説を聞いた彼らは、彼女が住んでいたとされる場所で、恐怖を感じることを楽しみにしていた。
しかし、健太はただの噂話と思っていたため、心のどこかで興奮していた。

集落の外れ、薄暗い森の中に入った彼らは、月の光に照らされた古びた廃屋を見つけた。
そこが「まお」の住処だと思い込み、彼らはドキドキしながらその中に足を踏み入れた。
周囲は静まり返り、肌寒い風が通り抜ける。
そこに怪しい水たまりができていた。
彼はそれを指で触れると、すぐにその水が手のひらで光り、まるで生きているかのように波打った。

「これ、なんだ?」友人の一人が言ったが、健太は気に留めなかった。
彼の目は、その水たまりの中に浮かぶ影に魅了されていた。
それは、長い黒髪をたなびかせた美しい女性の姿だった。
彼女は微笑んでおり、まるでこちらを招いているかのようだった。

「おい、行こうぜ!」他の友人が言ったが、健太はその場に留まる決意をした。
彼は、影の中の女性に向かって手を伸ばした。
すると、突然、冷たい風が吹き荒れ、彼の周りの温度が一気に下がった。
影は急に笑い出し、その笑みが次第に敵意に満ちたものに変わった。

「まおだ…」彼は気づいた。
彼女の顔が次第にはっきりとし、冷酷な表情を浮かべている。
彼は恐怖で体が動かない。
彼女は水たまりから出てきて、彼の前に立った。
「私と遊びたいの?」その声は甘く、しかし不気味だった。
彼女は健太の手を掴むと、驚くほどの力で引き寄せた。

健太は必死に振りほどこうとするが、彼女の力は強く、逃げることはできなかった。
彼は他の友人たちに助けを求めたが、彼らは恐怖のあまり立ち尽くしていた。
次の瞬間、彼の目の前に現れたのは、恐ろしいほどに引き裂かれた面立ちのまおの姿だった。
彼女の周囲には、何体もの霊が舞い上がり、彼を取り囲んだ。

「まお、私を…」彼は声を震わせて叫んだ。
彼女はその言葉に微笑みを浮かべ、彼女の指先がふわっと水たまりに触れた。
その瞬間、健太の視界が一面の露に覆われ、彼は立ち上がれなかった。
露は次第に彼の足元を包み込み、冷たい闇に吸い込まれていく。

「ここはもう、あなたの居場所じゃない…」まおの声が耳の中で響く。
彼は絶望感に襲われながら、彼女の手が完全に自分を捕らえたことを感じていた。
集落の人々が語り草にした「まお」の恐ろしさを今、彼は身を以て体験している。
友人たちの声は、次第に遠ざかり、彼を取り巻く霊たちの囁きが耳元で増幅していく。

ただ一つ、健太の心の中で静かに生まれたのは、仲間たちとの楽しかった日々だった。
しかし、その思い出は次第に叶わぬものとなり、彼は光を失っていった。
まおは彼を水たまりの中に引き込み、再びその場所は冷たく静まり返る。
そして、彼の存在は、伝説の一部として永遠にそこに佇むこととなった。

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