「瞳の呪縛」

それは、静かな田舎町の片隅、ひっそりと佇む古びた民家でのことだった。
その家は何十年も前から誰も住まなくなっていた。
町の人々はあまり近寄らない場所で、特に小さな子どもたちには恐れられていた。
その理由は、家の中に住むという「物」にまつわる奇妙な噂が絶えなかったからだ。

春の日差しが穏やかな午後、大学生の理恵は、友人の弘樹と共に肝試しをすることに決めた。
彼らはこの噂の真相を確かめてやろうと息巻いていた。
二人は懐中電灯を持ち、薄暗い廊下に足を踏み入れた。
廃墟となった家の中は、ほこりが積もり、時折風が吹き込むたびに不気味な音を立てた。

「ここ、本当に怖いよな」と弘樹が笑いながら言ったが、理恵は心なしか胸が高鳴っていた。
「でも、何がいるか見てみたいよね。噂の真相を。」

古いリビングの中には、テーブルがひっくり返り、食器が散乱していた。
理恵は興味深々でその様子を眺めていた。
すると突然、廊下の奥から微かな声が聞こえる。
「助けて…助けて…」

言葉の主が何者なのか恐れを感じた理恵は一瞬立ちすくんだ。
「弘樹、何か聞こえた?」理恵は息を飲んで弘樹を見つめた。
弘樹は首を横に振り、冗談だと思っている様子だったが、理恵の心には不安が募る。

二人はさらに奥に進むことにした。
次第に声は大きくなり、「瞳…瞳を…解放して…」という言葉になって聞こえた。
その言葉は、まるで誰かが自分の心の奥を覗き込んでいるような感覚を与えた。
恐怖に足がすくむ理恵の視線の先、その壁に一枚の古い絵が掛かっているのを見つけた。

その絵には、美しい少女の姿が描かれていた。
長い黒髪をなびかせ、確かな視線でこちらを見つめていた。
その少女の瞳は、深い闇を携えているようで、理恵の心を捉えて放そうとはしなかった。
直感的にこの絵に何かがあると感じた理恵は、徐々にその絵に吸い寄せられるようになった。

「理恵、大丈夫?」弘樹が言葉をかけたが、理恵は絵の前から動けなかった。
「この瞳…何か知っている…」理恵はつぶやいた。
その瞬間、絵の中の少女の瞳が一瞬光るのを見た。
次の瞬間、理恵の視界が歪み始め、目の前には別の景色が広がった。

そこは薄暗い室内で、少女が一人、窓の外を見つめていた。
彼女の瞳の奥には驚くほどの悲しみや憎しみ、そして怨念が渦巻いていた。
その瞬間、理恵は自分がその少女と繋がっていることを理解した。
少女の孤独や苦しみが、まるで自分のものとして迫ってきた。

「助けて…私を解放して…」その声が、理恵の心の奥に響いた。
彼女はその言葉に反応し、なぜかその少女を救わなければならないという使命感が湧き上がった。
しかし同時に、理恵は強烈な恐怖に襲われた。

「理恵、早く出よう!」弘樹の叫び声が現実に引き戻してくれた。
理恵は慌ててその場を離れたが、振り返ったとき、絵の中の少女の瞳が追いかけてくるように思えた。
彼女の瞳が自分を捉え、まだ助けを求めているように感じた。

二人はその家を飛び出し、外に出ると静けさが広がっていた。
しかし理恵の心には、その少女の瞳が焼き付いており、逃げても逃げても忘れられなかった。
日常が戻ったと思ったが、彼女の思いが理恵の中で回り続けている。

それからというもの、理恵は時折夢の中にその少女が現れ、瞳で訴えかけてくるようになった。
彼女の苦しみを受け入れ、どうにか助けたいと願うが、何をして良いのかわからなかった。
次第にその少女の憎しみが、自分にも向けられているのではないかという恐怖が生まれてきた。

運命をめぐる瞳の不気味な力に翻弄され続けた理恵は、その後の生活において、少女の呪縛から逃れることができぬままとなった。
彼女の瞳が、理恵の心に永遠に残り、静かに追いかけてきているのだから。

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