街の喧騒が一段落ついた頃、亮(りょう)は友人たちと一緒にカラオケに行くことを決めた。
彼らは都心の繁華街にある、新しくオープンしたカラオケ店に向かった。
その店は、外観は明るく華やかで目を引くが、どこか陰のある雰囲気を漂わせ、地元の噂では「止まる」ことがある不気味な場所だと囁かれていた。
誰もが恐れを抱きつつも、その好奇心には抗えず、いつの間にかその話を聞くことになる。
店に入ると、最初のうちは楽しい雰囲気が広がっていた。
友人たちは盛り上がり、歌を歌い、笑い合い、ビールを片手に最高の時間を過ごしていた。
しかし、次第にカラオケの音が止まり、人々の笑い声も静まり返る瞬間が訪れる。
カラオケの画面が奇妙にチカチカと点滅し、どこか不穏な雰囲気が近づいてきたのだ。
その時、亮はなぜか胸騒ぎを抑えきれなくなり、席を立って店内を見回ることにした。
奥の方にある小さな部屋のドアが開いているのを見つけ、興味本位で近づいてみた。
部屋の中には古ぼけたソファと薄暗い電灯だけがあり、何かの形跡が残っているようだった。
そこには、誰もいないはずなのに微かな音が聞こえてきた。
それは人の声のようで、何かを歌っているようでもあり、違和感を感じさせるものであった。
亮はその声に引き寄せられるように、部屋の中へと足を踏み入れた。
声が次第に大きくなり、彼の耳元で囁くようにして「止まれ…」という言葉が響いた。
その瞬間、亮は動けなくなり、何かに引き寄せられるように立ち尽くした。
彼の視界がぼやけ、まるで時間が止まったかのように感じた。
心の中で恐怖が渦巻く中、亮は周囲の状況を冷静に考えようとした。
大声で叫んで助けを求めても、どうせ誰も気づかないだろうという思いが彼をさらなる恐怖に追いやった。
しかし、友人たちの笑い声が遠くに聞こえ、彼はその声に救いを求めるように大声を上げた。
「助けてくれ!」
周囲がざわざわすると、カラオケ店は一瞬静まり返った。
友人たちは亮の発言にもっと盛り上がり、逆に彼をからかうような声が響いた。
しかし、その瞬間、亮の目の前に影が現れた。
影は彼の予想以上に痩せ細った女性の姿をしており、彼を見つめるその目は虚ろで不気味だった。
「私も、止まってしまったの…」影は小さな声で言った。
亮はその声に惹かれたが、同時に恐怖を感じた。
心の奥で何かが警告している。
この瞬間に溺れてはいけないと。
影はゆっくりと伸びる手を亮に向けた。
その瞬間、彼は強い衝撃を受け、意識が遠くなる。
気がつくと、彼はカラオケ店の入り口に立っていた。
友人たちは何事もなかったように盛り上がっていたが、亮は異変を感じた。
今までの楽しい夜は一体何だったのかと疑問が沸き起こった。
自分の心の奥底にあるものが、何か悪い運命に繋がっているように思えた。
街はいつものように賑わっている。
しかし、亮の中には影の声がいつまでも響いていた。
「止まれ…」その言葉が、彼の日常を侵食し始めていた。
彼は意識的にその影を追い払おうとしても、何度もその声に翻弄され続ける。
彼の心の中にあるものが、「止まる」ことを恐れているのに、現実がそれを受け入れてしまっているからだ。
気がつけば、街の中で佇むようになった亮。
しかし、その身体は動かず、彼自身が何者かに取り憑かれたような感覚に苛まれていた。
影は、彼の思考の中でくすぶり続け、無言のまま彼を見つめ続けているのだった。
街の喧騒が彼の心の中で止まり続ける限り、決して解放されることはないのかもしれない。