翔太は、心機一転、新しい一人暮らしを始めるために、古いアパートを借りた。
立地は便利だったが、部屋はやや古びていて、何よりも家自体に独特の雰囲気があった。
周囲には迷信がたくさんあったが、翔太はそんなことを気にせず、新たな生活に胸を膨らませていた。
最初の夜、翔太は自宅での仕事を終え、ベッドに横たわった。
眠りに落ちる直前、彼はふと耳にした。
家の中から微かに話し声が聞こえる。
彼は眠気を覚まし、その声の正体を探ることにした。
声はどこからか響いてくるが、しっかりとした内容は聞き取れなかった。
気のせいだと思い、再び寝ようとしたが、どうしても気になってしまう。
その夜以来、翔太は毎晩その声を聞くようになった。
最初はただの家鳴りなのかと思ったが、次第にその声が人の囁きであることに気づいてしまった。
声には明確な感情があり、時には泣き声や叫び声が混ざることもあった。
ついには、彼はその声が無意識のうちに彼自身を呼んでいるように感じた。
翔太は友人の健一にこのことを話してみた。
「それ、まさか噂の、迷い込んだ人の声じゃないか?」健一は言った。
アパートの近くには過去にこの場所に住んでいた人々の怨念や思いが迷い込んでいるという話があったのだ。
翔太はその時、自分が住んでいる場所に何か特別なものが残っているのではないかと感じ始めた。
ある晩、翔太はその声を辿ってみることに決めた。
夢中になって声を追い、彼はアパート内で迷子になってしまった。
廊下は暗く、彼の心臓はドキドキしていた。
息を呑みながらさらに進み、ついにその声の源に辿り着いた。
それは、小さな物入れの扉から漏れているようだった。
翔太は扉を開けた。
中には何もなく、ただ薄暗い空間が広がっていた。
しかし、彼はその瞬間、背後に冷たい風を感じ、瞬時に振り向いた。
すると、そこにはかすかな影が立っていた。
失われた顔が見えないその影は、彼に近づいてきては何か囁くように翔太を見つめていた。
「こちらに来て、あの世へ…迷っているのはあなたですか?」影は優しい声で言った。
翔太はその瞬間、脳裏に過去に失った人々が浮かんできた。
自分の心に抱えていた未練や出来事が、一気に押し寄せてきた。
彼は、この影が何か特別な存在であることを知り、恐怖よりも強い引き寄せを感じた。
しかし、翔太の心はすぐに冷たくもなった。
自分がもしこの影に飲み込まれたら、永遠に迷うことになるのではないかと考え始めた。
影はゆっくりと手を伸ばし、彼を呼び寄せる。
「一緒に行こう、もう迷わなくていいんだ。」その言葉が彼の心に残り、翔太はその場から逃げ出すことを決意した。
彼は振り返りもせず、アパートを飛び出した。
外に出た瞬間、翔太は深い息をついた。
後ろからは徐々に声が消えていくのを感じた。
それでも心の奥底には、あの影が残した感情がわずかに甦った。
彼は、あの影が本当に自分を引き留めていたのか、不明のままだった。
翔太はその後、アパートを即座に引き払った。
彼は新たな生活を求め、再び新しい家探しに出かけつつ、昔の自分の心の迷いを少しずつ受け入れようとしていた。
しかし、影が彼の後をついてきてはいないかと心配しながら、彼は新たな道を歩み続けるのだった。