「逆光の記憶」

静かな夜、長野の小さな村に住む佐藤は、近くの山を登るのが趣味だった。
連日の仕事に疲れた彼は、週末には自然の中で心を休めることを決めていた。
この日の午後、彼は特に美しい夕日を見たくて、少し早めに山に向かうことにした。

山道を進むにつれ、周囲は次第に暗くなり、彼は少し焦りを感じた。
しかし、夕日が西の空で燃えるように輝いている中、彼はその美しさに心を奪われ、時計を見るのを忘れてしまった。
その時、彼はふと自分の周りの静けさに気づいた。
虫の声や風の音がまるで消えたかのように静まり返り、ただ夕日の光だけが彼を包んでいた。

しかしその光は何かおかしかった。
普通の夕日の暖かいオレンジ色に加え、ふわりとした青白い光が少しずつ暗闇の中から現れ、佐藤の視界に入り込んできた。
彼は思わず振り返ると、山の奥から那智と呼ばれる古い神社の跡が見えた。
どこか不気味なその場所に、青白い光の源があるように感じた。

「何だろう…?」佐藤は心の中で呟き、少し怖さを覚えながらも、好奇心に駆られて神社へと足を向けた。
神社の門を越えると、光は一層明るくなり、彼はそこで立ち止まった。
そこには一人の女性が立っていた。

その女性は白い着物を着ており、髪は長く、まるで彼に何かを伝えようとしているかのようだった。
彼女の目は虚ろで、まるで彼を見ているのか見ていないのか分からなかった。
ただ、彼女が彼に向かって手招きをしていることは確かだった。

「こちらにおいで。」彼女の声は耳にする声とは明らかに違った。
まるで時間が逆戻りしているかのような影響を彼に与え、彼の心は引き寄せられていった。
佐藤は半ば無意識に、その場に進んでいった。

しかし、彼が近づくにつれ、不安な気持ちが高まった。
「戻った方がいい」という後ろからの声が聞こえた気がした。
そして、彼は思わず足を止めた。
その瞬間、女性の目が大きく見開かれた。
それはまるで彼の心の中をさらけ出すかのような、逆に彼女の目から流れ込みそうなものを感じた。

その時、恐ろしいことが起こった。
彼の背後で聞こえた声が、自身の過去を甦らせるものであった。
幼少の頃、彼が大切にしていたはずの思い出、その時の出来事がフラッシュバックしてきた。
彼の内なる恐れや後悔が溢れ、心の中に暗闇が生まれた。

「逃げてはいけない。向き合わなければならない。」女性の声は変わらず響いている。
しかし、彼にはその意味が理解できなかった。
他者の思い出に縛られたまま、彼はその場に立ち尽くしていた。

「私を知っているはずだ、佐藤さん。」

その瞬間、彼は強い光に包まれ、まるで過去の自分と対峙するような感覚に陥った。
青白い光の中で流れる過去の映像。
彼はやがて、かつて大好きだった彼女の笑顔と、彼女を失った瞬間を再体験していた。
彼女との思い出が一つ一つ浮かび上がり、そして彼の心から消え去ったことが、どれほど辛かったのかを思い出させられた。

「思い出を受け入れなさい。」女性の言葉が、佐藤に冷静さを取り戻させた。
彼は涙を流しながら、自分自身を許そうと決意した。
もう逃げたり、心に鎖をつけたりする必要はない。
彼の心に新たな光が差し込む。
彼は過去を受け入れ、前を向く準備をしていた。

再び周りが静寂に包まれると、女性はその姿を消した。
彼は一人、再び夕日の光の中に戻った。
その光は少し温かく、少し明るく感じられるようになっていた。
そして佐藤は、一歩前に進む決意を胸に抱え、再び山の道を歩き始めた。

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