「夢の狭間に潜む影」

村は深い山々に囲まれ、外界から隔絶された存在であった。
そこには古くから伝わる言い伝えがあり、特に「夢に潜む者」という噂が人々の心に恐怖を植え付けていた。
村に住む中村健二は、幼い頃からその話を耳にしていたが、いつの間にか日にちが経つにつれ、他の村人たちと同様、恐怖心を忘れていった。

村では夢の中に現れる霊がいると言われており、その存在は人々を夢の間に閉じ込め、決して目覚めさせてはくれないという。
そして、その霊は夢の中でしか言葉を交わせないため、夢に捕らわれた者たちは次第にその意識を失い、夢の中で生き続けることとなる。

ある晩、健二はいつも通りに眠りに落ちた。
心地よい夜の静けさに包まれていたが、夢の中に不思議な光景が広がっていた。
彼は、薄暗い森の中に一人で立ち尽くしていた。
そこで彼は、白い着物を纏った少女に出会う。
彼女は優しい微笑みを浮かべていたが、その目はどこか遠くを見つめているようだった。

「あなたも夢を見ているのね。」彼女が囁くと、健二は困惑した。
「夢?なんのことだ?」

少女はその言葉に少し悲しそうに微笑んだ。
「ここは夢の世界。すべてはあなたの心の中にあるの。私もここに閉じ込められた者の一人だから。」

心の中に不安を感じながらも、健二は彼女に質問を投げかけた。
「どうして閉じ込められるの?ここから出る方法はないの?」

少女は言葉を返さず、ただ虚空を見つめる。
健二の胸に恐れが広がり、夢から覚めたいという思いが強まった。
その瞬間、彼女の顔が暗くなり、不安の影が彼を覆い始めた。
「出たくても、出られないの。この世界では、あなたも私も、夢に閉じ込められているの。」

夜が深まるにつれ、健二は夢の中で不安と恐怖を覚え始めた。
彼が目を覚ます方法を探していると、果てしない闇の中に彼女の笑顔が消えていくのを見た。
何度叫んでも、その声は届かず、彼女はただ遠ざかっていくばかりだった。

次の日、村人たちは健二の様子が変わったことに気づいた。
彼は無気力で、食事をろくに摂らず、まるで別人のようだった。
友人たちは彼を心配し、「あの夢の話は本当に危険なものだ」と噂していた。
だが、そうした噂が募るにつれ、健二は夢の中で過ごす時間が増えていった。

夢の中の少女を思い出し、彼女を救いたいという思いが強くなっていく。
彼は何度も夢に誘われ、ついには彼女と再会した。
「どうしたらこの世界から出られるの?」そう問いかけた健二に、彼女は答えた。
「私を見捨てないで。私を助けてほしい。」

次の朝、村は静まり返っていた。
周囲の村人たちは、健二が再び夢に閉じ込められたことをつぶやいていた。
彼の表情には、もはや昨日の輝きはなかった。
現実でも夢でも、彼女の姿が頭から離れず、彼は夢に埋もれていく自分を無力に感じた。

月日は経ち、村では夢の中の霊が存在するという噂が再び人々の間で語られていた。
そして、健二の姿は次第に薄れ、夢の中の少女と共にいるという話すら聞こえてくるようになった。
村人たちは、彼の姿を見かけることはなくなり、ただ「夢に潜む者」を恐れるように生き続けることとなった。

心に深い穴を抱えたまま、村は静かに夜を迎える。
夢の中で迷い続ける彼と少女の姿が、どこか深いところで繋がり続けていることを誰も知らなかった。

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