静まり返った通夜の屋敷。
推古(すいこ)は、亡き祖父の遺品整理のため、実家に帰ってきた。
古い家なので、これまで数度手を加えてきたものの、どこか懐かしさと恐怖が交錯する空間であった。
とくに、2階の廊下からまっすぐ続く部屋の奥には、祖父が生前、厳重に鍵をかけていた扉があった。
推古は、ずっと気になっていたその扉を開ける決心をした。
その鍵を探すために、家中の物を整理し始めたが、思うようには進まなかった。
埃が溜まった床、古い家具の隅、そしてそうした作業をするたびに、彼女の背後で微かに音がするような気がした。
まるで誰かが見ているようだった。
午後の陽射しが差し込む中、その日、彼女は屋の中で奇妙な現象に遭遇する。
棚の上の箱がひとりでに落ちたり、ふとした瞬間に床の板がきしむ音がしたりする。
最初は見過ごそうとしたが、次第にその現象は強まってきた。
無視できなくなった推古は、時計を見て、もうすぐ日が沈むことを思い出した。
薄暗くなる前に鍵を見つけないと、何かが起こりそうな予感があった。
遂に、彼女は床に埋もれていた古びた鍵を見つけた。
嬉しくなって、推古は2階の廊下へと駆け上がった。
重い扉をゆっくりと開けると、薄暗い部屋が姿を現し、彼女の目には信じられない光景が広がった。
無数の書物と古い品々が散乱しており、まるで祖父が生きていた時代の残像がそこに残されているかのようだった。
しかし、驚くべきことに、その部屋の床には長い間消えていたと思われる黒いススが薄く敷き詰められていた。
かすかに彼女の足元から消えゆくように見えるスス。
近づけば近づくほど、床の模様が生きているかのように動いているように思えた。
興味と不安が交錯する中、推古はその部屋の中央にあったデスクに、目が眩むほどの美しい小箱を見つけた。
箱はとても精巧に作られていて、かすかに輝いていた。
迷わず手を伸ばしたその瞬間、床が大きく軋み、彼女は驚いて後退した。
黒いススの模様がうねうねと動き出し、まるで彼女の意志を探るかのように、ゆっくりと近づいてくる。
「私はここにいる」と、突如として誰かの声が響いた。
「出ていけ、私の邪魔をしないで」と、低い声で警告された。
身の毛がよだつ思いで、推古はその場から全速力で逃げ出した。
廊下を駆け抜け、階段をダッシュで下り、外へ飛び出した。
彼女の心臓は激しく打っていたが、家の外に出た瞬間、精神が落ち着き始めた。
しかし、恐怖に駆られながらも、一瞬の好奇心が彼女を再び部屋へ戻らせようとした。
だが、やはり恐れが勝り、そのままいったん実家を離れることにした。
翌日、周囲の友人たちに相談すると、彼らはただの想像力の産物だと笑った。
しかし、推古の心にはあの黒いススの動きが消えずに残り続けた。
その後も何度か帰省したものの、あの現象は二度と目撃することはなかった。
年月が経つにつれ、推古はいつしかその家を忘れてしまった。
しかし、時折、夢の中であの部屋の床がいやらしく動く光景を目にすることがあった。
誰かが彼女を呼んでいるような、そんな夢を見ながら。
不思議と、彼女の脳裏にはあの黒い床のススが今も残っているのだった。