「呪いの商人と古いお守り」

夜も更けたある晩、名古屋市の小さな住宅街に住む田中健一は、自宅の書斎で準備をしていた。
彼は大学で民俗学を専攻する学生で、古い呪いの話を研究していた。
健一は、その過程で「呪いの商人」と呼ばれる不思議な存在の噂を聞きつけ、興味を引かれていた。

呪いの商人の話によると、彼は特定の時間、特定の場所でしか現れないという。
その商人は、代償を支払うことで人々の望むものを手に入れさせる代わりに、何かを奪うというのだ。
その詳細は不明だったが、彼方から聞こえてくる囁きは、時に人々の心を揺らすほどの強力な誘惑を持っていた。

健一はその商人を探し出すため、深夜に近くの公園に足を運ぶことにした。
周囲は静まり返り、不気味なほどに静寂が訪れていたが、彼は勇気を奮い立たせて足を踏み入れた。
すると、蝉時雨のような小さな声が、彼の耳に届いた。
「呪いを必要とする者よ、来たれ。」

その声の方向に目を凝らすと、薄暗い公園の片隅に立つ小さなテントが目に入った。
テントの中には、一人の中年の男が座っていた。
彼は癖のあるひげと、深い皺のある顔を持ち、目からは冷たさが感じられた。
これが呪いの商人なのかと思うと、健一は一瞬身震いした。

「君には何を求めているのか?」と男は低い声で尋ねた。

健一は思わず、自分の研究のため、強力な呪いを得たいと口にした。
男は一瞬微笑み、健一の目をじっと見つめた。
「その代わり、君が最も大切なものを私に渡してもらおう。」

健一は躊躇しつつも、小さな恐れを抱いたまま了承した。
彼は小学生の頃から大切にしていた、亡き祖父からの贈り物である古いお守りを考えた。
彼の心の中にあるこの思い入れと、祖父の思い出が彼を揺さぶった。
しかし、呪いを知るには、代償が不可欠だと自分を納得させた。

男は彼の答えに頷き、お守りを受け取ると、ゆっくりとした手振りでテーブルの上に長い黒いロウソクを灯した。
彼は呪文を唱え、その間、健一は彼の周りの空気が重くなっていくのを感じた。
周囲の世界が歪む中で、健一は自分の望んだ呪いが内心で悪影響を及ぼすことを怯えた。

数分後、男は「呪いは施された。君の好奇心が満たされるだろう」と告げ、にやりと笑った。
健一は急に不安が募り、男に背を向けてその場を離れた。
帰路に続けていると、全身に寒気が走り、胸が苦しくなった。

その晩、健一は夢の中で呪いの商人に再び出会った。
彼は冷笑しながら「さあ、君の望みを教えてごらん」と囁いた。
悪夢の中、彼は強烈な恐れを覚えたが、何もかもが現実になることを期待していた。

数日後、健一の身の周りで奇妙な現象が起き始めた。
彼が言葉を発するたびに、周囲の人々が動揺し、体調を崩す事件が立て続けに起こった。
友人や教授が次々と彼の呪いの影響を受けていく。
その度に、彼は恐怖に打ちひしがれた。

重苦しい心の中で、自分の選び取った運命に深い後悔が湧き上がった。
彼は「もう行かなくていい」と呪いを去ろうとしたが、その影響は決して消えず、彼の周囲にはどんどん不幸な出来事が降りかかり続けた。

最終的に、健一は呪いの商人の声を聞くことがない日々をただ待つばかりとなった。
しかし、彼の心の中には、呪いの商人との約束が残り続け、いつも彼を追い詰めていた。
やがて彼は、迫り来る恐怖に押しつぶされ、ただ「私を解放してくれ」と叫ぶしかなくなった。
彼の人生は、呪いによって深い闇の中に閉じ込められ、それは彼が選んだ代償でもあった。

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