雪がしんしんと降り積もる寒い小さな村。
その村の入口にひっそりと佇む古びた小屋には、村人たちから「密室」と呼ばれている場所があった。
かつて、そこで一人の女性が不可解な死を遂げたという噂が流れ、以来、小屋には近づく者がいなくなっていた。
ある晩、村の若者、健二は好奇心からその密室に足を踏み入れた。
彼は友人たちと一緒に村の神社で行われる祭りの準備をしていたが、忍び寄る寒さの中で、不気味な小屋が気になって仕方がなかったのだ。
村人たちが語る怪談の真相を確かめるため、健二は一人で小屋の中へと入った。
小屋の中は薄暗く、冷たい空気がひんやりとした。
壁には古びた木の板が打ち付けられ、薄暗い隅にほこりをかぶった家具が並んでいた。
健二はその中央に置かれた小さなテーブルに目を奪われた。
テーブルの上には、使い古された日記がひとつ、無造作に置かれていた。
健二はそれを手に取ると、開いてみることにした。
日記には、かつてこの小屋に住んでいた女性の、色とりどりの感情が記されていた。
「愛」「悲しみ」「嫉妬」… 文章は感情に満ち、時折彼女が感じた恐怖も綴られていた。
健二は読み進めるうちに、彼女が抱えていた悩みや葛藤を理解し、自然と彼女に共感を抱くようになった。
しかし、日記を読み進めるにつれ、ある異様な現象が目に入った。
ページをめくるたびに、文の内容がどんどん変わってゆくのである。
愛や悲しみの言葉が、密室に対するうらみや恨みに変わっていくのだ。
健二は胸騒ぎを覚え、恐れを抱いたが、好奇心に駆られたのか、そのまま読み続けた。
その瞬間、密室の扉が突然閉まり、冷たい風が吹き抜けた。
健二は驚いて振り返ったが、周囲は暗闇に包まれていた。
どんなに声を上げてみても、外からは反応がない。
彼は急に恐怖に襲われ、日記を持ったまま焦って扉を開けようとしたが、抵抗感が強くてどうにもならなかった。
そのとき、背後から聞こえてきた低い声に、健二は凍りついた。
「私を忘れないで」と。
その声は日記の女性そのもののもののように聞こえた。
彼女の恨みや未練が込められた声に、健二は恐ろしい感情に包まれた。
日記の内容は、彼女が自分の死後もこの密室に縛られ、復讐を求め続けるものであった。
その瞬間、健二は彼女の存在が自分に向き合っていることを実感した。
その声の主は、密室の中で永遠に囚われ続ける恐怖の象徴であり、彼女の感情が彼に向けられているのだと確信した。
「どうして私を見捨てたの?」その声が再び響き、健二は日記を持ったまま思わず地面にひざまずいた。
「助けてくれ…」彼は力なく呟いた。
しているうちに、日記は急に悲鳴のような音を立てて燃え上がり、彼女の思いがそこに吹き込まれるかのように、目の前で炎が渦巻いた。
健二はその光景に引き寄せられるように、その場を離れられなかった。
次第に、道の明るさが戻ると、健二は気がついた。
小屋の中にはもはや炎のみが存在し、彼女の思いも虚無に消えていくようだ。
恐怖から解放された彼は、急いで小屋を飛び出し、周囲の空気を吸い込んだ。
外は雪が降り続いていたが、胸の内には安堵の感情が広がった。
しかし、村に帰る途中、健二はふと振り返った。
小屋が立っていた場所には何も残っていなかった。
そのことを知った彼は、二度とその小屋には近づかないと心に誓った。
彼女の未練がはっきりとした形で残ることがないように、そっと忘れていくことが、彼の最大の救いだと思ったのだった。