「消えた路地の少年」

彼女の名前はえり。
20歳の大学生で、文学を専攻している。
ある日の夕方、彼女は勉強のために図書館へ向かう途中、見慣れない路地に迷い込んでしまった。
薄暗い路地は静まり返り、ランプの光がほとんど届かない。
はっきりとは分からないが、何か不思議な力に引き寄せられているような感覚がした。

周囲を見回すと、彼女の足元には古びた石畳が広がっており、その先には古い家屋が並んでいた。
一見普通の街並みのようにも見えたが、どこか異様な雰囲気が漂っていた。
えりは恐る恐るその路を歩き続けることにした。

進んで行くうちに、彼女は何かに気が付いた。
人の気配がまったくしないのに加え、周囲はまるで時間が止まったかのように静寂に包まれている。
そのとき、ふと後ろを見ると、彼女が歩いて来た道がどこか不自然に感じられた。
まるで彼女がいたことを忘れ去ったかのように、道は消えかけていた。

不安を感じたえりは、急いで前に進もうとした。
しかし、何度歩いても、路地の先には同じような景色が広がっているだけで、出口が見つからなかった。
心臓がドキドキし始め、徐々に恐怖が彼女を包み込んでいく。
彼女は頭の中でどんどん「逆」の思考が浮かんでいた。
どうして自分はこんなところにいるのか、なぜ逃げられないのかと。

その時、目の前に一人の少年が現れた。
彼は無表情で立ち尽くし、何も言わずにえりを見つめていた。
彼女はその目が不気味でたまらず、少し後ずさりした。
気が付くと、その少年は逆にゆっくりと後ろに下がり、えりを誘導するように歩き始めた。

「待って!」彼女は思わず叫んだ。
しかし、少年は振り返りもせず、静かに薄暗い奧へと消えてしまった。
その瞬間、思わず彼女はその少年に付いていこうとしたが、気が付くと彼女自身もまるで消えてしまったかのように、その場から姿が消えかけていた。

混乱の中、彼女は急いで歩こうとしたが、足が動かない。
まるで、時間が逆行しているかのように、彼女の周囲の風景が元に戻っていく。
さっきまでいたはずの路地は、再び同じ場所に戻ってしまう。
彼女は「ここから出られない」という絶望感に襲われ、涙が頬を伝った。

やがて路地の奥から、かすかな声が聞こえてきた。
「出たいの?もう遅いよ。」それは少年の声だった。
えりは恐れを振りほどこうと必死に叫ぶ。
「お願い、助けて!」

その瞬間、路地の景色がまたもや変わった。
彼女は、ようやく明るい場所に抜けることができた。
その場所は見慣れた道で、人々が忙しなく行き交っていた。
安堵のため息をつこうとしたその時、何かが彼女の心に刺さった。
「消えた先」が何を意味しているのか、彼女は理解できなかった。

数日後、えりは日常に戻ったつもりだった。
しかし、繰り返し同じ夢に悩まされることになった。
夢の中では、あの路地に迷い込み、少年と出会い、再び戻れない場面が何度も現れる。
どれだけ試みても、彼女の心には永遠に消えてしまった「何か」が根を下ろしてしまったかのようだった。
彼女はそう感じながらも、また同じ場所を訪れはしないと心に誓ったのだった。

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