ある春の晩、木村裕子は友達と共に仲良しの河川敷でピクニックを楽しんでいた。
陽が沈みかけ、空がオレンジ色に染まる中、裕子たちは笑い声を交わしていた。
しかし、裕子の目にはまるで気を引くように、一際大きな桜の木が目に映った。
樹齢何百年とも言われるその木は、まるでそこにいるだけで重要な存在感を放っていた。
「ねえ、あの木、なんか不気味じゃない?実際に見ると、ちょっと怖いよね」と、友人の花子が指摘した。
裕子はその言葉に共感したものの、何故かその木が気になって仕方なかった。
裕子は、恐る恐るその木に近づいてみることにした。
近づいてみると、木の幹はひび割れ、まるで何かが埋もれているかのようだった。
裕子が手を伸ばして幹に触れたとき、突然、冷たい風が吹き、涼しさが背筋を走った。
「なんか、鳥肌立つね」と花子が言った。
裕子も同感だったが、ただその木に引き寄せられるような感覚を覚えていた。
裕子は思わず「この木、どんな歴史があるんだろう?」と呟くと、その瞬間、近くにいた友人たちが一斉に驚きの声を上げた。
「裕子、後ろ!」振り向くと、空気にひんやりとしたものを感じた。
裕子の目の前には、白く光る影が立っていたのだ。
姿形は見えないが、確かに存在していることを感じた。
「何か感じるの?」友人の一人、雅也が尋ねた。
裕子は答えることができず、ただその影に心を奪われていた。
影は微かに揺れながら、裕子の方を見ているような気がした。
まるで何か言いたいことがあるかのように。
そのとき、裕子の耳元で低い声が聞こえた。
「助けて…」
驚いた裕子は、その声に導かれるように、再び木に近づいた。
無意識のうちに、裕子は木の幹に手をかけた。
すると、影がぐっと近づいてきて、恐るべき光景が目の前に広がった。
木の下にたくさんの獣の骨が埋まっているのが見えたのだ。
それと同時に、視界が白く霞み、まるで別の空間に飛ばされる感覚を覚えた。
その空間には、さまざまな人の影が見えた。
その中で裕子は、自分と同じく困惑した表情を浮かべる中学生の少女を見つけた。
少女は裕子に向かい、「ここから出して」と言った。
裕子は気がつくと、自分がその少女の記憶に取り込まれ、彼女の恐れを感じていた。
彼女の話によれば、その桜の木は、長い間ここにいるけれども、過去に命を絶たれた人々の恨みが囚われているのだという。
木はその想いを吸い取って、今も生き続けている。
その力で、裕子は他の人々を見せたことで、彼らもこの場所から逃れられなくなってしまっているという。
裕子はそのとき、影と向き合い、「私が助けるから、一緒に出よう」と言った。
影は一瞬ためらったものの、その言葉に何か感ずるものがあったのだろう。
彼女はその瞬間を感じた。
裕子がしっかりと手を握ると、影は柔らかく彼女の手に触れた。
すると、周りの景色が急速に歪み始め、まるで霧が晴れていくようだった。
最後に、少女の姿が消え、裕子は何とか周囲の友人たちのところへ戻った。
その晩、裕子はその不気味な桜の木のことを思い返し、あの影の声を忘れられなかった。
桜の木は、今も静かに河川敷にたたずんでいる。
しかし、毎年桜が咲くたびに、裕子と友人たちはその木のことを思い出し、あの夜の出来事を忘れられないのであった。
彼女たちが決して入らない場所として、心の中に留めておくことにしたのだった。