夜が深まるにつれ、静まり返った村に異様な雰囲気が漂っていた。
月明かりが薄暗い道を照らし、その先にある古びた神社の影が不気味に揺れる。
神社は長い間、村人たちの信仰の対象であり、同時に不吉な場所とも言われていた。
村の者たちは、妖という言葉を耳にすることはあっても、その姿を見た者はいなかった。
しかし、近年、村の周囲で奇妙な現象が増え、特に夜になると耳の奥に響くかのような声が聞こえてくるようになった。
その声は、村人たちを恐れさせ、夜道を避ける者が増えていた。
村の若者、健太は最近、家の近くでその声をしばしば耳にするようになった。
それは子供のような、か細い声で、時に悲しげに響いた。
気になった彼は、ある晩、勇気を出してその声の正体を探ることにした。
月明かりの下、健太は神社の方へと足を向けた。
足音が地面に吸い込まれるように静かに響き、普段の賑わいが嘘のように静寂が広がっていた。
神社の扉は少し開いており、そこから漏れ出す薄明かりが健太を誘っているかのようだった。
中に入ると、空気がひんやりとしていた。
静けさの中で、ふと耳にした声が再び響く。
「助けて…」その声は確かにそこにあったが、どこから発せられているのかは分からなかった。
健太は思わず、声の方へと進んで行く。
周囲を見渡すが、誰もいない。
しかし、その声は次第に強くなり、「ここにいる…」という囁きが続いた。
背筋が寒くなり、心臓が高鳴る。
勇敢に見える自分が、実はこの声に怯えていることに気づいた。
「誰だ?」健太は思わず声を上げた。
すると、神社の中央にある祠の前に、薄い影が現れた。
影は徐々に形を変え、妖の姿を持つ少女として現れた。
彼女の目はまるで夜空の星のように輝いていたが、その表情は悲しみに満ちていた。
「私を助けて…」少女は、その声で語りかけてきた。
健太はその言葉に心を奪われ、彼女が何を求めているのか知りたくなった。
「君は何があったの?」彼は仲間意識を抱いてその場に踏み留まった。
「私は昔、この村に生きていた。でも、村の者たちに恐れられ、祭りの時に一緒に祀り上げられ、そのまま忘れ去られてしまった。私の名前は由紀。ずっとここで待っているの…ただ、存在を知ってほしいだけなの。」
彼女の声は寂しさを含んでいた。
健太は思わず胸が痛む。
古くからの伝説を思い出した。
村の人々は、妖を恐れ、村の安寧を求めるあまり、彼女を排除してしまったのだ。
「私がここにいる間、村には不幸が続く。どうか、私のことを伝えてほしい。私を忘れないで…」由紀は声を震わせながら告げた。
その瞬間、健太の周囲で風が吹き荒れ、薄暗い神社に異様な気配が漂った。
恐怖が彼を包み込むが、同時に強い思いも湧き上がった。
「わかった。私は君のことを皆に伝える。」
由紀は微笑み、徐々に消えていったが、その表情は安心したようだった。
彼女の声が風に乗り、過ぎ去っていくのを感じながら、健太は村へと帰ることにした。
彼が村に戻ると、心の中には由紀の思いを届ける決意が宿っていた。
恐れをなくし、彼女の存在を村人たちに伝えるための話をすることを心に決めた。
そうすれば、妖は再び孤独な存在にはならず、村の歴史の一部として受け入れられるかもしれない。
村の者たちに伝えたことで、少しずつではあるが、由紀の物語は村の伝説として広がっていった。
そして、不思議なことに、村の運命も少しずつ良い方向へと変わっていくのを彼は感じていた。
彼女が求めていたのは、ただ理解されることだったのだ。