秋の深まりを感じる頃、ある静かな町に住む男子高校生、宗一は、亡き祖母の家に引っ越すことになった。
彼の両親は忙しく、彼は一人ぼっちでこの古びた家に残された。
屋根裏部屋には、祖母が長い間大切にしていたものが詰まっていた。
その中には、祖母の若い頃の写真や、彼女が手書きしたと思われる日記もあった。
ある晩、宗一は他にすることもなく、その日記を読み始めた。
内容は、祖母が若い頃に体験した不思議な出来事がつづられていた。
特に、彼女が「追われる」という感覚に苛まれていたことが気になった。
日記には、毎晩誰かに追われる悪夢を見ていたとあり、その存在を「影」と名付けていた。
宗一は好奇心から、祖母の家の周囲を探検することにした。
彼が探していたのは、日記に書かれた「影」がどのような存在か、実体験として知りたかったからだ。
家の裏や庭を探っているうちに、彼は古びた木の下に、何かが埋もれているのを見つけた。
それは、黒い羽根のような、妙に艶やかなものだった。
触れてみると、何とも言えない寒気を感じた。
その晩、宗一はその羽根を自室に持ち帰り、枕元に置いた。
しかし、夜が訪れると、不思議な気配が彼の周りを包み始め、彼は次第に恐怖に襲われた。
暗闇の中、目を閉じたまま、彼は「影」が自分を追ってくる気配を感じた。
同時に、先ほど見つけた黒い羽根が、自分に向かって伸びてくるように思えた。
「どうして……追うの?」彼は心の中で叫んだが、答えは戻ってこなかった。
次の瞬間、夢の中で彼は見知らぬ場所にいた。
薄暗い森の中、どこかで響く声が耳に届いた。
「私を忘れないで……」その声は、まるで祖母のもののようでもあり、影のように思えた。
目を覚ますと、その日はまだ夜の最中であった。
彼は恐れを抱えながらも、羽根をもう一度見つめた。
何故かそれに引き寄せられる感じがした。
思い切って彼は羽根を握りしめ、そのまままた眠りについた。
そして再び、同じ夢を見た。
今度はよりリアルに、彼の背後で影が忍び寄ってくる。
宗一は逃げようとしたが、何もない空間が彼を捉え、動けなくなった。
「私を忘れたの?」という声が、今度は耳元でさらに迫ってきた。
彼の心臓は鼓動を速め、恐怖に震えながらも、「知らない、何も知らない」と思うしかなかった。
その日から、宗一の日常は徐々に変化していった。
学校でも家でも、彼は常に誰かに追われている気配を感じるようになった。
友人たちからは次第に孤立し、彼自身も心の中の影にとらわれてどんどん暗くなっていった。
彼はただ、影から逃げることを考えていたが、どこへも逃げられない無力感が彼を圧迫していった。
そんなある晩、再び彼は夢の中で影に遭遇した。
「私を思い出してほしい。」その声に対して宗一は頷いた。
彼の記憶の中に、祖母との思い出がしっかりと残っているのを感じた。
そして、初めて影がどんな存在であるかが理解できた。
影は、祖母の忘れ去られた思い出であり、彼女が自分に届けたかったメッセージであったのだ。
深い謝罪を込めて、彼は影に言った。
「忘れない、忘れないよ。」その瞬間、影は彼を包み込みながら過去の記憶を彼に与え、深い安堵の感覚が彼を襲った。
すると、宗一は目を覚ましたときには、自らの部屋にいて、羽根は消えていたが、心の中には祖母との思い出が大切に残っていた。
それ以来、宗一は影に追われることはなくなった。
しかし、彼の心の中には祖母の思いが強く結びついており、彼はその記憶を大切にし続けた。
それが、影からの解放だったのだ。