静かな温泉地、周囲を山に囲まれたその場所は、日常の喧騒から離れ、心身ともにリフレッシュできる安らぎの場として知られていた。
しかし、その温泉には、過去に起きた恐ろしい事件が影を落としていた。
ある晩、若い女性、佐藤美咲は友人たちと共にその温泉へ出かけることにした。
彼女たちは楽しそうに笑い声を上げ、温泉の魅力に心を躍らせていた。
彼女たちの中には、幽霊話の好きな友人もいて、ついその場で怪談を語り合うことになった。
「この温泉には、破れた浴衣を着た女の霊が出るって聞いたことある?」友人の一人が言った。
その話が広がるにつれ、他の友人も様々な噂を交えながら、その女の霊について話し始めた。
美咲は少し怖くなってしまったが、皆が楽しんでいる様子を見て、笑顔で参加することにした。
彼女たちが空いている露天風呂に浸かっていると、ふと気配を感じた。
美咲は視線を向けると、浴衣を破いている女性の姿が水面に映った。
その瞬間、友人たちの笑い声が止まり、温泉の静寂が一層際立つ。
「見たと思う、今の…」美咲は震える声で言った。
他の友人たちも驚き、動揺が広がる。
「多分、ただの幻よ。温泉の浮遊物が光って見えただけじゃない?」別の友人が慰めるように言ったが、美咲の心には不安が広がっていた。
振り返ると、美咲はその女性の姿が水面から完全に消えたことに気づいた。
彼女は一瞬、安心したが、その後また気配を感じた。
今度は耳元で囁かれる声。
「戻ってきて…」その声は切なく、破れた浴衣の女性の懇願のようだった。
恐れを感じ、やがて美咲は友人たちに帰るよう提案したが、彼女たちは急に楽しんでいた温泉の雰囲気に浸っていた。
「もう少しだけいようよ…」友人が強くお願いする。
その時、美咲は理解した。
破れた浴衣の女性は、この温泉に込められた悲しみや未練の象徴なのかもしれないと。
友人たちが温泉で最後の笑い声を上げていると、その瞬間、温泉の水面が大きく波打ち始めた。
急に雲が垂れ込め、嵐のような雨が降り出す。
しかし、美咲はその場を離れたかった。
何かが起こりそうな予感がしたからだ。
「帰ろう…」美咲は友人たちに声をかけた。
だが、友人たちは楽しさに浸ったまま動こうとしない。
迫り来る恐怖感に包まれる中、美咲は一人、温泉の外へと走り出た。
すぐ後ろで、友人たちの悲鳴が聞こえた。
美咲は振り返らず、ただ逃げ続けた。
乾いた浴衣の裾が濡れ、彼女の心の奥から破れた女の思い出がよみがえってきた。
彼女の姿が見えたのは、もう二度と戻らない友人たちがその女の霊に取り込まれたからだと。
その後、温泉は閉鎖され、一切の営業が停止された。
美咲は何とかその場から逃げ出したが、友人たちの姿は二度と見えなかった。
破れた浴衣の女性の思いは、次の誰かを待ち続けているのかもしれない。
温泉に伝わるその恐ろしい伝説は、今も生き続けているという。