「畳の囁き」

ある日、タケシは友人のスズキからもらった古い畳の敷物を家に持ち帰った。
スズキの祖父が亡くなった後、家を整理している際に見つけたというその畳は、昔ながらの趣ある模様が施されており、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。
不思議と惹かれたタケシは、リビングに敷いてみることにした。

その夜、タケシはいつものようにテレビを見ながら畳の上に横になった。
静かな夜、眠りに落ちる直前、彼は微かな音に気づいた。
それは、何かが畳の下で鳴いているような、遠くから響いてくるような音だった。
「ただの虫だろう」と考え、そのまま眠りに落ちた。

翌朝、タケシは味噌汁をすすりながら、ふと畳の様子を思い出した。
音が鳴るのは気のせいだろうと思い直し、何も気にしないことにした。
しかし、その夜もまた、静けさの中から「鳴」という音が響いてきた。
今度は少し大きくなったような気がした。

不安に思ったタケシは、畳をめくってみることにした。
すると、畳の下には古い木製の枠組みがあった。
隙間から覗くと、何かの影が見えた気がしたが、その瞬間、また不思議な音が響き渡り、タケシは思わず手を引っ込めた。
「気のせいだ」と自分に言い聞かせたが、彼の心の中には強い恐怖が広がっていた。

数日が経過する中で、音はだんだんと頻繁になっていった。
夜になると、突如「の」という音が響いたり、「廻」という言葉が耳に届くようになった。
「何かメッセージを伝えたいのだろうか?」タケシは考え、気味悪さを感じつつも放っておくことができなかった。

ある晩、意を決したタケシは友人のスズキを呼び、一緒に畳の下を調べることにした。
スズキは畳の話を聞いたとき、目が大きくなり、少し興奮した様子で言った。
「それ、うちの祖父が昔使ってた畳だよ。誰かが住んでいた部屋と繋がっているかもしれないね。」その言葉を聞いて、タケシは一層不安になった。

恐る恐る二人は畳をめくり、木の枠を除けた。
その時、「着」という音が響き、彼らの心臓は一瞬止まった。
暗闇の中から、何かが浮かび上がってくる。
見えない何か、もやもやとした影が、まるで彼らに手を伸ばすかのように動いた。
それはタケシの目の前で、何度も「廻」という声を発し、彼を誘うかのように動いていた。

全身が凍りつく中、スズキはタケシの腕をつかみ、「逃げよう!」と叫んだ。
二人は全速力でリビングを飛び出し、廊下を走り抜けた。
しかし、その音は追いかけてきた。
その夜以来、タケシは何度も夢の中で「の」「廻」「着」という言葉に悩まされ続けた。
夢の中では、彼は何かに呼ばれているようだったが、いつもその先に行くことができなかった。

時が経つにつれ、タケシは畳の影響で不幸に見舞われることが多くなった。
友人は離れ、仕事でのトラブルも頻発し、心の平穏を失っていった。
最終的に、彼はあの畳を手放す決心をした。

しかし、畳を捨てようとした瞬間、異常な静寂が辺りを包み込む。
「鳴」が聞こえるのはもういいと思ったが、その音は尋常ならざるものだった。
タケシの周りの空気が重く感じられ、彼は再びその声に捕らえられた。

今でも、畳はそのまま彼の家の片隅にあり、時折「着」、「廻」と音を立てることがある。
タケシは恐怖を振り払うことができず、日常を過ごしているが、彼の心の中には「の」という音が常に響いているのだった。

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