ある春の夜、透(とおる)は一軒の古びた家の前に立っていた。
彼は友人から聞いた噂を確かめるため、勇気を振り絞ってその家に足を踏み入れた。
噂によると、その家には不気味な狼が住んでおり、彼らの特徴は「戸」だということだった。
この家の戸を開けた者は、恐ろしい目に遭うという。
透は、ドキドキしながら戸を押し開いた。
古い木のきしむ音が響く。
家の中は暗く、どこか湿った空気が漂っていた。
透は携帯のライトを点け、照明が乏しい部屋の中を照らした。
壁には薄暗い影が落ち、まるで何かが隠れているかのようだった。
突然、彼の前に現れたのは、背筋を凍らせるような光景だった。
部屋の中央に現れたのは、一匹の狼だった。
毛は艶やかで、瞳はまるで光を吸い込むような深い色をしていた。
透はその狼の信じられないほどの美しさに目を奪われたが、同時に胸の鼓動が速くなるのを感じた。
その狼は透を見つめ、静かに動く。
続いて、彼の意識が薄れていくのを感じた。
何かに吸い込まれるように、周りの光が消え、目の前が真っ暗になっていった。
透は恐れを抱き、狼から逃げようと後退したが、いつの間にか壁に背をあてていた。
まるでその場から動けなくされてしまったかのようだった。
狼はゆっくりと近づき、透をじっと見つめ続ける。
その瞳は、まるで彼の内面を覗き込むかのようだった。
透は何か大切なものを奪われたかのように感じ、混乱し始めた。
気がつけば、光が完全に消え、暗黒に覆われていた。
透は何も見えず、何も感じない状態になってしまった。
その瞬間、狼は遠吠えをあげた。
透の心の底から恐怖が湧き上がり、彼の視界が戻ると、目の前には静寂だけが広がっていた。
しかし、何かが変わっていた。
部屋の中には、その狼の姿が消え、代わりに巨大な戸が不気味に立っていた。
透はその戸の向こうから、微かな声が聞こえるのを感じた。
誰かが助けを求めているような声だった。
透は戸へ近づき、手を伸ばしてその戸を開こうとした。
その瞬間、彼は耳元で不気味な囁きを聞いた。
「お前もこの戸の向こう側に消えたいのか?」それは狼の声だった。
透は恐れに震え、手を引っ込めた。
彼は急いで外へ逃げようとした。
しかし、どこを探しても出口は見つからず、ただ時間だけが経過していく。
焦点を合わせることができなくなり、透は途方に暮れた。
彼の周りには耳をかすめるように不思議な声が響き渡る。
しかし、その声が徐々に大きくなるに連れて、恐怖感も強くなっていった。
彼は再び戸を見上げたが、その表面には何か不気味な文字が刻まれていた。
「消えた者は、決して戻らぬ」
その文字を見た瞬間、透の心は絶望に包まれた。
彼は拒絶しようとしたが、そこから逃れる手立てはなかった。
背後で何かが動く音がした。
振り返ると、再び狼が現れていた。
今度はその目が不気味に輝き、その姿が何かに変わっていくのを感じた。
透はその場に立ち尽くし、心の底から恐怖を抱えたまま、ついにその戸を開いてしまった。
開かれた戸の向こうに広がっていたのは、見慣れた景色とは全く異なる異世界だった。
透は光を失ったまま、この戸の先に待ち受ける運命を感じ取った。
その後、彼の姿は二度とこの世に現れることはなかった。
彼は人々の語る噂の中に消え、古びた家の戸は再び静寂に包まれたのであった。