静かな田舎町、外は冷え切った冬の夜。
とある住宅街の一角にある古い神社、その奥に佇む祭壇の前で、26歳の大学生、田中健司は何かに引き寄せられるように立ち尽くしていた。
高校卒業以来、地元を離れて都会での生活を送っていた彼だが、ある日、故郷の友人から不気味な噂を聞いたことを思い出していた。
「この神社には、届かない願いがあるんだって。」
その言葉が耳に残り、彼は興味本位で神社を訪ねることにした。
空気はひんやりとしていて、周囲は静寂に包まれていた。
月明かりに照らされた神社の境内、ごちゃごちゃに絡まった蔦で覆われた社殿はまるで過去の栄光を覚えたがっているかのようだった。
田中はふと、彼女に告白できなかった過去のことを思い出した。
大学時代の同級生、山崎美咲に対する秘めた思い。
それは彼が今でも心の奥に持っている苦い記憶だった。
彼女は別の大学へ進学し、彼の心を知ることはなかった。
彼女との距離に悩み、告白のタイミングを逃してしまったことで、彼は迷いの中にいた。
「もし願いが届くのなら…」と心の中で呟くと、祭壇の上には見えない力が集まっているように感じた。
まるで彼の背後に他者がいるかのような感覚。
ためらいながらも、彼は震える手で線香を上げると、目を閉じ、心の中で彼女への思いを伝えた。
「美咲、君に伝えたい。ずっと…好きだった。」
その瞬間、祭壇の周囲がざわつき、彼には理解できない声が耳をかすめた。
「私の声、届いている…？」混乱が押し寄せる。
田中は再び目を開けると、目の前に女性の人影がぼんやり浮かんでいた。
彼女の顔は美咲に似てはいるが、どこか影のように憔悴していた。
「誰だ？」と声に出すと、その影は彼に向かって手を差し伸べた。
「私の願いを…届けて。」
恐れを感じながらも、田中はその手を取る。
「お前は美咲なのか？」
影は静かに首を振り、「私は彼女ではない…彼女の心に宿る願い。」との言葉が響く。
「告白しなかった思いが、私をこの場所に呼んだの。呪縛から解き放つために、届かなかった願いを伝えなければならない。」
田中は心揺らぎながらも、その言葉を理解し始めた。
彼は再び目を閉じ、美咲への想いを込めて言葉を紡いだ。
「私の気持ちをどうか、美咲に届かせてほしい。」
格子のように組まれた月明かりの中で、影はゆっくりと消えかけていく。
「私のためではなく、君自身のために…迷わず伝えて。」その瞬間、背後から冷たい風が吹き抜け、田中は身を震わせた。
その時、彼の心に変化が訪れた。
過去の自分への迷いが解消され、彼は気づいた。
美咲に告白しないまま、心の中にただ留めておいていることが、彼自身を呪縛していたのだ。
田中は神社を後にし、心に決意を抱いた。
彼女が東京にいる間に再び会おうと。
すべてを告げるつもりで。
元々届かなかった思いが、今はすでに彼の中で温かく回っている。
冬の夜空には、彼女の存在と彼の気持ちが交わる運命の星が光り輝いているようだった。
迷いを経て、彼はようやく自分の道を歩み始める。
過去の影から逃れ、未来へと向かう第一歩を踏み出す意志を固めた彼の心には、もう迷いは存在しなかった。
