「封じられた記憶の灯篭」

美と呼ばれる彼女は、ごく普通の女子大生だった。
明るく、何事にも前向きで、友達も多く、彼女の周りには常に笑顔が溢れていた。
しかし、彼女の心の中には、誰にも見せられない秘密があった。

ある日、彼女は大学の近くにある古びた図書館で「永遠の記憶」という本を見つける。
この本には、失った記憶を永遠に保存する方法が書かれているという噂があり、周囲の人々が気味悪がって避けていた。
しかし、美にとっては、それが何を意味するのか、未だ理解できていなかった。

本の中には、特定の儀式を行うことで、記憶を塊として取り出し、それを灯篭に封じ込める方法が記されていた。
美は、自分の過去の傷を忘れることができるのであれば、やってみようと決意し、それに従って儀式を始めた。

彼女は夜の闇に包まれた庭に出向き、灯篭を用意した。
儀式の途中、美は一瞬、奇妙な世界に引き込まれるような感覚を覚えた。
周囲の景色が歪み、美は不安を感じたが、記憶を封じることへの期待感が勝っていた。

「心の中の壊れた部分を出せ」と呪文を唱えると、灯篭は徐々に光り始めた。
その瞬間、彼女の心の奥底に潜んでいた記憶が浮かび上がる。
それは涙と共に美しい光景だったが、同時に、傷跡が生々しく残った出来事でもあった。

美は、記憶の中で一番痛かった瞬間を思い出す。
それは、親友が交通事故で亡くなった日のことだった。
彼女の心は、腹の底から痛み、恐れおののいた。
その痛みを灯篭に閉じ込めた瞬間、彼女は急に寒気を感じ、自分の意識が曖昧になっていくのを感じた。

異次元に引き込まれそうな、薄暗い界の中で、美は目を覚ました。
周囲には無数の灯篭が立ち並んでおり、それぞれに人々の心の傷が封じ込められていた。
美は、自分がやってしまったことの恐ろしさを感じて震えた。
これらは、彼女が見ることのない、見知らぬ人々の苦しみの記憶だった。

「このまま、彼女の記憶は永遠に消え失せるのではないのか」と美は思った。

その時、灯篭の一つがわずかに揺れ、中からかすかな声が聞こえた。
「どうして私を閉じ込めたの?」その声は、自分が忘れかけていた親友の声だった。
心が壊れそうなほどの恐怖と悲しみが押し寄せ、彼女は自分のしたことの重さを理解した。

美は両手で耳を覆ったが、親友の声はその耳をすり抜けて入ってきた。
「私を忘れないで。私たちは永遠に心で繋がっているのだから。」

すると、灯篭の光が眩しさを増していき、彼女の心の奥から何かが解き放たれる感覚を覚えた。
彼女は再び意識が暗闇に飲まれるのを感じたが、今度はその暗闇の中で自分と親友の笑顔と、楽しい日々を思い出していた。

その瞬間、美は一つの答えに辿り着く。
「記憶は忘れるものであって、封じるものではない。」彼女は叫んだ。
「ごめん、私が間違えた…!」

すると、周囲の灯篭が一つ、また一つと光を消していき、ついには美の持っていた灯篭も力を失った。
彼女はようやく自分の世界に戻され、静寂の庭に立っていた。

泥だらけの手で灯篭を置き、彼女はその中に封じ込めた記憶を取り出すことを決意した。
親友を忘れたくないと願った美の心の中は、再び彼女の大切な思い出で満たされ、泣きながらも微笑んだ。

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