「鳥に囲まれた田んぼの影」

田んぼが広がる静かな村に、翔太という名の若者が住んでいた。
彼は毎日仕事に追われる日々を送っていたが、村の外れにあるその田んぼの風景を見ながら、心のどこかで安らぎを感じていた。
しかし、彼の心には一つの不安があった。
それは、数日前に起きた出来事だった。

その日、翔太はいつものように田んぼの手入れをしていた。
太陽が高く昇り、まぶしい光が田んぼを照らし出していた。
しかし、ふと気づくと、空には無数の鳥が飛んでいるのが見えた。
黒い影が舞い踊るように見えるその様子は、何か不吉な予感を感じさせるものであった。

鳥たちは、翔太の上空をぐるぐると回っていた。
彼はその光景に目を奪われ、思わず立ち尽くしてしまった。
すると、急に静寂が訪れ、鳥たちは一斉に翔太の周りに集まってきた。
まるで彼を囲むように、ざわざわと羽を動かす音が響いた。

翔太は、自分が何か悪いことをしたのではないかと心配になった。
そんな気持ちの中、彼の脳裏に過去の出来事が浮かんできた。
三年前、村で発生した事故のことだ。
村の人々が集まる祭りの最中、彼の幼馴染である美咲が池に悪ふざけで飛び込んだ。
彼女は溺れ、翔太は助けようとしたが、間に合わなかった。
彼女の団子屋の名は今でも村中で語り草になっているが、その時の翔太の心には大きな罪が残っていた。

「私を忘れたの?」と、美咲の声が自然と翔太の耳に響いた。
彼は驚いて振り返ったが、周囲には誰もいなかった。
彼が再び田んぼに目をやると、鳥たちが一羽、一羽と美咲の姿に変わっていくのを見た。
白い衣装をまとった美咲が、田の中央に立っていた。
彼女は悲しそうな目で翔太を見つめていた。

「ごめん、美咲…助けられなかった…」翔太は声を震わせて言った。
彼女は微笑みながら、両手を差し伸べた。
しかし、その姿はどこか幻のように消えかけていた。

「私を忘れないで。償わせて…」美咲が静かに訴える。
翔太は息を呑み、心の底から彼女のことを思い出した。
彼女との楽しい日々、彼女が農作業を手伝ってくれたこと、そして彼が助けられなかった瞬間。

「償うにはどうすればいい?何をしたらいい?」翔太は必死に美咲を求めた。
しかし、彼の問いかけは無情にも空に消えていくように感じられた。
美咲は微笑みながら、そして少しだけ悲しそうに、「あなたが私のことを思い出す限り、私もいつまでもここにいるよ」と言った。

その瞬間、翔太は強い後悔の念に襲われた。
美咲を忘れないために、自分の中で彼女を生かし続けることが唯一の償いということを理解した。
彼は田んぼで神妙に立ち上がり、周りの鳥たちが一斉に飛び立つ姿を見つめた。

翔太はその日以降、毎日田んぼに通い続けた。
日が落ちる頃になると、美咲と過ごした思い出を語りかけるように、周囲の景色や生き物たちに話しかけた。
彼女の存在を感じることで、彼は少しずつ心の重荷を下ろしていくことができた。
しかし、美咲は決して彼の目の前から姿を消すことはなかった。

美咲との思い出と罪を背負った翔太は、田んぼを大切に守り続け、美咲の名を忘れることのないように生きていった。
それは彼にとって、彼女への最大の償いとなったのだ。

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