祖父の家は、静かな田舎にひっそりと佇んでいた。
畑に囲まれた古い木造の家屋は、何代にもわたって受け継がれてきたもので、今では近くに住む幸雄がその家を管理していた。
幸雄は、祖父の死後、家を守る責任を感じていたが、日々の忙しさから訪れることはほとんどなかった。
ある日、仕事に疲れた幸雄は、思いつきで祖父の家を訪れることにした。
久しぶりに見るその家は、思った以上に古びており、放置された感があった。
内部は少し埃っぽく、窓から差し込む陽射しが静寂を際立たせていた。
幸雄は少し不安を感じつつも、古い思い出に浸るために、その場所に留まり、思い出の品を探し始めた。
すると、ふと気配を感じた。
耳を澄ますと、静かな家の中から誰かの声が聞こえてきた。
初めは風の音かと思ったが、次第にそれははっきりとした声へと変わっていった。
「幸雄、幸雄…」と、祖父の名を呼ぶ声だった。
驚いて振り向くが、誰もいない。
ただ、空気が重たく、微かに冷たさを感じた。
気のせいだろうと幸雄は思うことにしたが、瞬間、部屋全体が暗くなり、明かりが消えた。
心臓が大きく鼓動し、視界の隅に人影が見えた気がした。
しかし、すぐにその影は消え、ただの闇が広がっているだけだった。
幸雄は不安を感じつつも、思い出のアルバムを手に取り、じっくりと見入った。
しばらくして、居間の隅からかすかな笑い声が聞こえた。
再び振り向くと、そこには祖父の亡霊が立っていた。
幸雄は恐怖と驚きで足がすくんだ。
祖父は穏やかな表情を浮かべ、幸雄の方を見ている。
ただ、その瞳には何か悲しみが宿っているように見えた。
「お前が来るのを待っていた」と、祖父は優しく微笑んだ。
「この家には私の思い出が詰まっている。だが、忘れ去られてしまうのは辛い。私はお前に伝えたいことがあるのだ。」
幸雄は祖父の言葉を聞きながら、その真意を考えた。
祖父が何を暗示しているのか分からなかったが、一緒に過ごした楽しい日々が彼の胸に蘇った。
「何を伝えたいのですか?」と、思わず聞き返した。
「私が生きていた頃の思い出を大切にしてほしいのだ。そして、この家を後世に残してほしい。」祖父の言葉は静かに響いた。
彼の姿は徐々に薄れていき、素早く消えそうに見えた。
幸雄は焦り、もう一度尋ねた。
「でも、どうやって?」
「心の中で思い出せ。私の想いを継ぎ、居続ける限り、私はずっとここにいる。」
その瞬間、霧が部屋を包み込み、幸雄の視界が真っ白になった。
気が付くと、再び家の中に戻っていたが、もう誰もいなかった。
声も、影も、全てが消えていた。
幸雄は心に強い思いを抱え、祖父の意志を忘れないことを決心した。
それからの幸雄は、定期的に祖父の家を訪れ、手入れを行った。
町の人たちとも協力して、家を地域の憩いの場として利用することにした。
多くの人が集まる場所にすることで、祖父の思い出も一緒に生き続けると思った。
その夜以来、幸雄は祖父の悲しみを感じることはなくなった。
家の中には祖父の存在がしっかりと息づき、彼への感謝と共に、幸雄の心の中にも祖父の笑い声が響いていた。
彼はこれからも、祖父の意志を次世代へと継承していくつもりだった。
永遠に。