「祠の声」

静かな山里にある古びた祠は、地元の人々から敬愛されている一方で、避けられるべき場所としても知られていた。
特に夜になると、祠の周囲からは不気味な音が響くことが多く、それを耳にした者は二度とその場所に近づこうとはしなかった。

その村に住む田中健太は、祖父の言い伝えを信じず、好奇心に駆られて夜の祠に足を運ぶ決意をした。
祖父からは「祠には近づかない方がいい」と何度も注意されていたが、彼はその理由を理解できず、むしろ興味を抱いてしまっていたのだ。

ある晩、月明かりの中、健太は祠の前に立った。
周囲には不穏な空気が漂っており、風が吹くたびに木々がざわめく音が響いている。
彼は勇気を振り絞って一歩踏み出し、祠の中を覗いてみた。
すると、古い祭壇の上には朽ちたお札や、枯れた花が供えてあるのが見えた。
それらは長い間、手入れされていないようだった。

不意に、まるで誰かが囁いているかのような音が耳に入ってきた。
「来い、来い」という声が、健太の耳元でささやく。
彼は思わず後ずさりしたが、その音はさらに強く、近づいてくるように感じた。
好奇心が勝り、彼は再び祠へと近づいた。

しかし、その瞬間、健太の足元で何かが動いた気配がした。
彼は地面に目をやると、何か小さなものがはねている。
目を凝らすと、それは朽ちかけた木の根だった。
その瞬間、健太は思わず悲鳴を上げた。
足元の根に引っかかり転倒し、彼の手が祭壇の上に置かれていたお札に当たった。

動揺する健太に、再び「ああ、待っていてくれ」という声が響く。
その音は、弱々しいものではなく、鮮明でしっかりとした声だった。
彼は恐怖に襲われ、全力でその場から逃げ出そうとしたが、しっかりとした根に足が絡まって動けない。

その時、視界の端に白い影が横切った。
彼は振り返り、その影を見つめた。
すると、そこに立っていたのは祖父の姿だった。
驚きと恐怖が混ざり合い、健太は声を上げることもできなかった。
しかし、祖父はじっとこちらを見つめているだけだった。
彼の表情は、何かを警告するかのように険しかった。

「あんたがここに来てはいけない理由を、わかっているか?」と祖父の声が響いた。
健太はその言葉に反論したい気持ちを抑え、ただ震えるばかりだった。
彼は無意識にタイミングを計ると、根から解放されようと力を入れた。
その瞬間、祠の中から響いてきた音が「戻れ、戻れ!」と彼に訴えかける。

健太はその言葉に強い不安を感じ、必死に立ち上がった。
しかし、身動きが取れず、彼は再び祠に引き寄せられるような感覚に襲われた。
視界に入る祖父の姿もぼやけ始め、不気味な声が一層強く響く。
そして、瞬間、健太は何かが彼を捕らえたように感じた。

次の瞬間、健太は大きな声で「お願い、助けて!」と叫んだ。
すると、祖父が消えてしまうのと同時に、音も静まり返った。
気がつくと、彼は森の中で倒れていた。
祠などどこにも見当たらない。
肩を叩く風だけが、静寂を破っていた。

彼はその後、夜の祠には二度と近づくことはなかった。
しかし、祖父の声と言われた音は、耳に残り続け、心の中に恐怖として根付いてしまった。
それ以降、健太はどこか不安を抱えながら日常を過ごし、夜の静けさが怖ろしい思い出として心に付きまとったのだった。

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