「禁じられた池の悲しみ」

昔々、山間の小さな村に、健太という若者が住んでいました。
健太は物静かで、普段はどこか内向的な性格でしたが、村の古い伝説には特別な興味を抱いていました。
特に、村の近くにある「禁じられた池」と呼ばれる場所が気になって仕方ありませんでした。
その池は、かつて多くの村人が行方不明になったと語り継がれており、近づくことが禁じられていました。

ある晩、健太は友人の正志を誘い、禁じられた池を訪れることに決めました。
正志は最初こそ躊躇していましたが、健太の熱心な誘いに根負けし、共に行くことになりました。
二人は夜の闇の中、月明かりを頼りに池へと向かいました。

彼らが池に着くと、異様な静けさに包まれていることに気づきました。
月明かりが池の水面を照らし、まるで鏡のように夜空を映し出していました。
しかし、その水面の揺らぎはどこか不気味で、まるで何かが水の中に潜んでいるかのようでした。
健太の心には好奇心が渦巻いていましたが、正志は不安を感じ、早く帰ろうと提案しました。

しかし、健太は「せっかく来たんだから、少しだけ見ていこうよ」と、正志を引き留めました。
そして、池の周りを歩き回っていると、不意に水面が大きく波打ち、次の瞬間、何かが水から姿を現しました。
それは、ひどく顔の崩れた女性の霊でした。
彼女は濡れた髪を肩にかけ、無表情で二人を見つめていました。

恐怖に満ちた正志は、「逃げよう!」と叫び、池を背にして後退り始めました。
しかし、健太はその場から動けずに立ち尽くしていました。
女性の霊が彼の目の前に近づき、声もなく、ただじっと健太を見つめていました。
彼女の目の奥には深い悲しみが宿っているようでした。

やがて、健太の心の奥から、不思議な感情が湧き上がってきました。
その感情は、彼女の悲しみを分かち合いたいというものでした。
健太は意を決して彼女に近づき、「何があったのですか?」と尋ねました。

すると、霊はゆっくりと口を開き、自らの過去を語り始めました。
彼女は村のかつての住人であり、禁じられた池に引き込まれた悲劇の主だったのです。
彼女の元恋人が彼女を池に突き落とし、それ以来彼女はこの場所から離れられなくなっていました。
彼女は村人たちが来るたびに、その呪いを次の人に引き継ぐことを望んでいたのです。
健太は、その言葉を聞いた瞬間、彼女の哀しみを全身で感じ取りました。
彼女の心に秘められた“怨念”は、彼女が自由になれないことを訴えるものでした。

「もうこんな悲しみを引きずらないで」と健太は優しく語りかけました。
「私があなたの想いを受け止めます。安らかに眠ってください。」

その瞬間、彼女の表情がふっと柔らかくなり、健太は彼女の手を取ろうとしました。
が、彼女は一瞬の静寂が過ぎた後、再び水面に消えていきました。
池の水はクリアになり、まるで何も起こらなかったかのように静まり返りました。
健太は正志の方を振り向きましたが、彼の姿はもうありませんでした。
恐れに駆られた正志は、池を離れ、村に帰ってしまったのです。

一方、池の周囲には健太の心の中に彼女の悲しみが残り、彼はその想いを受け入れ、今度は新たな守り手としてこの場所に留まる運命を受け入れることになりました。
村人たちが再びこの池へ足を踏み入れることがないように、自らの存在を犠牲にし、彼女の想いを持ち続けることを決意しました。
こうして禁じられた池は、彼ら二人の悲しみを抱える場所として、静かにその信仰に満ちた夜を迎えるのでした。

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