「井戸に宿る義の影」

田舎の小さな村、豊田村。
村は山々に囲まれ、昔からの風習と伝説が色濃く残る場所だった。
この村には、井戸の周りにまつわる不気味な言い伝えがあった。
井戸の水は清らかであったが、そこには「義」を背負った幽霊が住んでいると言われていた。

ある日、村の若者である翔太は、友人たちに誘われて井戸の近くに遊びに行った。
彼は村の話を知っていたが、若さゆえの好奇心から、恐れを忘れてその場に近づいた。
井戸の周りには誰もおらず、静寂に包まれていた。
翔太は井戸を覗き込み、その深さを確かめようとした。

すると突然、背後から「翔太くん、何をしているの?」という声が聞こえた。
振り返ると、幼馴染のあかりが立っていた。
彼女は温かい笑顔を浮かべていたが、その目はどこか不吉な光を帯びていた。
翔太は少し驚きつつも、あかりに井戸の話をして聞かせる。

「この井戸には、義を求める霊が住んでいるらしいよ。聞いたことある?」

あかりの顔から笑顔が消え、彼女は真剣な表情になった。
「それは、本当なの。私の祖母が言ってた。義を背負った霊は、過去に裏切られた者たちの恨みを持ってる。井戸に近づくと、彼らは、自分の『義』を果たさせようとするんだ。」

翔太はその言葉を聞いて笑った。
「そんなのただの噂だよ。怖がるのはやめよう。せっかく遊びに来たんだから!」

しかし、あかりの表情は変わらない。
「翔太、やめて。これ以上近づくのは危険だよ。」

その時、ふと井戸の水面が波紋を描いた。
翔太の目は惹きつけられ、彼は再び井戸に近づいて行った。
水面に映る自分の姿を見つめると、突然、あたかも何かに引き寄せられるかのように、井戸の深さへと頭を突っ込んでしまった。

驚いたあかりが叫ぶ。
「翔太!やめて!」

その瞬間、翔太の周りの空気が変わり、井戸の水面から黒い影が立ち上がった。
それは人の姿をした影で、翔太の耳元で「義を果たせ」とささやいた。
翔太は恐怖に駆られ、振り返って逃げようとしたが、あかりがその場から動けなくなっていた。

「私…助けて…」あかりが叫んだ。
翔太は何かが井戸の底から叫びかけているのを感じ、その声は徐々に大きくなっていった。
彼は、自分の中に「義」が何かを求めているような感覚に襲われた。
井戸の霊が、自分たちの心に何かを訴えているのだ。

翔太は逃げ出したい気持ちと同時に、強い責任感が芽生えた。
「何をすれば、君を助けられるの?」翔太は心の奥で叫んだ。
すると、影は再び近づいてきた。
「お前の大切な者を救うため、代償を払え」と。

翔太は思わず手を井戸の側面につけ、冷たい感触に驚いた。
「何でもする。私の命であろうと、何であろうと。」その瞬間、井戸の中から激しい水しぶきが上がり、翔太はその場に崩れ落ちた。

気がつくと、あかりは翔太の姿を見て涙を流していた。
「大丈夫、翔太くん。返してくれるのよね?」翔太は力を振り絞って頷いた。
その時、井戸の声は彼に伝わった。
「お前が決意した時、私たちは解放される。そして、新しい道へ進むがよい。」

翔太は何も思い出せないまま、目を閉じて日常へ戻ろうとした。
しかし、その後何が起こったのかはわからなかった。
彼が気がつくと、井戸は静かに静まり返り、あかりも消えていた。

村の人々は、翔太のことを忘れ、ただの噂話として語り続けた。
豊田村は今も、その井戸の存在を忘れず、義を求める者たちの恨みを背負い続けているのだった。
翔太の声は、今もどこかで響いているかもしれない。

タイトルとURLをコピーしました