彼の名前は和樹。
小さな町で生まれ育った彼は、両親の仕事の関係でしばらく東京に住んでいたが、最近祖父の急死をきっかけに故郷に戻ることを決意した。
町の中心には静かな森があり、地元の人々にとっても特別な場所だった。
和樹は子どもの頃、祖父からその森についての不思議な話を聞かされていた。
「その森の奥には、お前たちの知らない秘密がある。だけど、決して近づいてはいけない。」と、祖父はいつも警告した。
和樹はその言葉を頭の片隅に置きながらも、心のどこかでその秘密を知りたいという憧れを抱いていた。
ある夜、何気なく深い眠りに落ちていた和樹は、奇妙な夢を見た。
夢の中で、彼は森の奥に立っていた。
月明かりに照らされた道を進むと、彼の目の前には、祖父の姿が現れた。
だが、その表情はいつも穏やかなものではなく、どこか悲しみに満ちていた。
「和樹、一つだけ覚えておけ。血は流れるものだ。お前が思っている以上に、血はすべてのものに深い関係がある。」祖父の声は夢の中でも響き渡っていた。
目が覚めた和樹は、祖父の言葉が気になった。
あの夢には意味があるのではないかと考え、ついに森に足を運ぶことにした。
その時から、彼の運命は変わり始める。
森に入ると、静寂が彼を包み込んでいた。
周囲の木々が月明かりの下で揺れ、彼を誘っているようだった。
歩みを進め、彼はやがて木々の間に見えない何かを感じた。
心臓が高鳴る。
その時、突然、耳元でささやくような声が聞こえた。
「帰れ、帰れ、血が流れる…」和樹は恐怖に駆られたが、好奇心が勝って森を進み続けた。
さらに深く進むと、一軒の古びた小屋が目に入った。
ドアは半開きで、内部からは見るからに古い木製のテーブルが見えた。
好奇心に駆られ、中に入ると、異様な雰囲気が漂っていた。
壁には赤い手形が残され、床には何本かの古い血の跡がついていた。
その瞬間、祖父の言葉が頭に甦った。
「血は流れるものだ。」
和樹の心が騒ぎだすとともに、背後から冷ややかな風が吹き抜けた。
振り返ると、背後に人影が見えた。
若い女性で、彼女の顔には涙の跡が残っていた。
彼女は和樹を見つめ、静かに言った。
「助けて…。私の記憶を取り戻して。」
和樹は彼女が誰なのか全く分からなかったが、不可解な感覚が彼を捕らえた。
彼女の名は美香。
彼女はかつてこの森で血を流した者たちの一人で、彼女の霊はこの場所に留まっていた。
和樹はその時、自分がこの森に足を踏み入れた理由を理解し始めた。
彼女の失われた記憶を取り戻すことが彼の使命のように思えた。
和樹は彼女の記憶を呼び起こすため、幼少期の思い出などを語り続けた。
しかし、美香の表情は暗く、苦しむ様子だった。
彼女の記憶に埋もれている何かが、彼女を苦しめていた。
それから数日、和樹は毎晩森に通い、美香との会話を続けた。
時が経つにつれ、彼女の過去が少しずつ明らかになっていった。
そして、彼女の母親がこの森で流された血を、和樹の祖父が隠していたことが分かった。
「私の母を…助けてほしい。」美香が言った時、和樹は壮大な恐怖に襲われた。
彼が知らなかった真実が、彼の身近な人々を巻き込んでいた。
この森の血は、彼自身の家族とも関係があったのだ。
和樹は更なる調査を始め、とうとう祖父の昔の手記を見つけた。
そこには、血が流れた理由や美香の母親に関することが詳細に書かれていた。
彼はついに、美香を解放するために必要なことを理解した。
森へと戻る晩、和樹は決意を固めていた。
彼は美香の泣いている影の前に立ちはだかり、約束した。
「君を解放する。私が全ての真実を受け入れ、償いを果たす。」彼の宣言に対し、美香の表情は徐々に穏やかになっていった。
和樹は森の奥深くに差し掛かると、流れる血の跡を前にしてひざまずいた。
古いしきたりに従い、祖父から受け継いだ血を用意し、美香のために捧げることを決意した。
彼は懸命に心の中で謝り続け、彼女を解放するための儀式を始めた。
次の瞬間、彼の目の前で美香の姿が消えていく。
流れていた涙も、次第に光り輝く姿へと変わり、そのまま月明かりに吸い込まれていった。
そして、森の静けさが戻ってきた。
和樹はその森を戻って帰ると、瞼の裏に美香の微笑みを感じた。
彼は彼女のために償い、玄関先で小さな花を植えることを決めたのだ。
血の流れる意味を知った彼は、それだけではないことに気付いた。
人々の記憶が苦しむこの森には、新たな希望を植えていく必要があった。
