「狛の囁き」

静かな田舎の村、間。
そこには長い間使用されていない古びた小道があった。
住民たちはその小道を「狛の小道」と呼び、あまり近づくことを避けていた。
狛という名は、先代の村長が自らの息子の名付け親となった時、特別な意味を持つ言葉であると人々は言い伝えていた。
そして、その小道にはある奇妙な現象が絡みついていた。

ある日、村の若者である健二は友人たちと一緒に、狛の小道を冒険することに決めた。
仲間たちは「狛の小道には怖い顔をした鳥がいるんだって」と噂するが、健二はただの迷信だと思っていた。
彼らは小道の入口に立ち、薄暗い木々の隙間からもれる光を頼りに進んでいく。

小道を歩いていると、不気味な空気が漂い始めた。
風が吹くたびに、木々がざわめき、不自然な静けさをもたらす。
その瞬間、遠くから「カッカッ」という鳥の鳴き声が聞こえてきた。
それは普通の鳥の声とは明らかに違い、不快感を与えるような音だった。

「大丈夫だよ、ただの鳥だ」と健二が友人たちに声をかけるが、その声には不安がにじんでいた。
彼らは小道を進むにつれて、次第に恐怖心が膨れ上がっていく。
やがて、小道の奥に目を向けると、何か奇怪なものが目に飛び込んできた。

それは、先代の村長の像だった。
その足元には、何羽もの鳥が集まり、まるでその像を守るように羽を広げていた。
健二は思わず立ち止まった。
「これが狛か…?」とつぶやく。
しかし、友人たちは次々と気味の悪い表情を見せ、後ずさりしていく。

そのとき、パチン、と音がした。
鳥たちが一斉に健二の方を向いた。
彼はその瞬間、自分の心臓が高鳴っているのを感じた。
鳥たちの目は真っ黒で、まるで彼の心の奥底を見透かしているかのようだった。
彼の頭に次々と「望み」の記憶が浮かんでくる。
子供の頃、父と一緒に遊んだ思い出、友人たちとの楽しい時間、そして何よりも、もう一度あの日のように幸せを感じたいという願い。

突然、健二は自らの心の中に「い」という言葉が響き渡るのを感じた。
「生きている限り、望みは絶えない」。
その思いが彼の背中を押した。
彼は思い切って鳥たちに向かって言った。
「ここにいる理由はただ一つだ!君たちも、過去を忘れられない何かを守っているのだろう!」

鳥たちが静かになり、彼の言葉を聞くかのように動かなくなった。
そして、像の前で健二は強く自分の心に向き合った。
失ったものや望んだものを思い出し、「物」となる記憶を清めるように深呼吸をした。
「私は、君たちの存在を知り、理解した。もう一度、心の中の大切なものを思い出すよ」と。

その瞬間、鳥たちの羽が一斉に広がり、彼はその中で感覚を忘れかけていた暖かな記憶を取り戻した。
すると、村の住民たちの忘れられた姿が背後から現れ、彼を包み込むように集まった。
彼の恋人、友人、家族、そして村の人々。

小道の静けさが一変し、健二は自分の心を解放し、村人たちの記憶が共鳴する中に吹き渡っていく。
鳥たちはその瞬間、彼らを守る存在から、健二の心を映す鏡のように変わった。
狛は決して厳しい存在ではなく、彼らが望むものであることを理解した。

ひとしきりの静寂の後、鳥たちは飛び立ち、彼らの姿は次第に空へと消えていった。
健二はその景色を見ながら、心の中の恐れが薄れていくのを感じた。
彼は仲間たちと共に小道を後にし、これまでの経験を胸に刻みながら、新たな一歩を踏み出すことを決意した。

タイトルとURLをコピーしました