「求められた手」

大学の授業が終わり、友人たちと別れて帰路につく朴(ぼく)と真理(まり)は、いつものように夜道を歩いていた。
道端には、秋の柔らかな夜風と共に色づいた葉が舞い散る。
二人はその静けさを楽しみながら、ふと一つの話題に花を咲かせることにした。

「最近、心霊スポットに行ったんだ。すごく怖かったよ。」朴が言うと、真理は興味を持った。
彼女は普段からオカルトに興味があり、怪談を語るのが好きだった。

「どんなことがあったの?」真理が尋ねると、朴はついきに語り始めた。
「そこにはね、古い池があって、池の近くに手が浮かぶっていう噂があるんだ。手が何かを求めるように、夜に水面から現れるって言われてる。」

「手が、求めてる?」真理は少し不安になった。

「そう。でも、近づいてはいけないって警告されてるんだ。もし近づくと手に触れられて、念が込められてしまうって。」朴は真剣に語った。
その時、夜の静けさの中、真理の心に恐怖が忍び寄っていた。

翌日の夜、朴は真理に誘われて再びその池に行くことにした。
興味本位でやって来た彼女は、果たして本当に手が現れるのか、確認したくなった。
深い闇の中、二人は池の周りに立った。
静まり返った水面は、まるで何かを隠しているかのように静かだった。

「こ、この辺りに手が現れるのかな?」真理は小声でつぶやいた。

朴は頷き、心の中で不安を感じつつも、真理を見て一緒にいたいという気持ちが勝った。
二人がしばらく静かに待っていると、突然、夜空に雲が立ち込め、風が一陣吹いた。
朴は思わず身震いした。
真理はその瞬間、妙な緊張感が漂った。

「近づいてみない?」真理が言うと、朴は躊躇ったが、彼女の目に映る恐怖を見てしまい、思わず足を進めた。
池の縁に足を踏み入れ、二人は水面をじっと見つめた。

その時、何かが水面から現れた。
白い手がゆっくりと浮かび上がってきたのである。
朴は驚いて後ずさりしたが、真理はその手に魅了されたように凝視していた。
「やっぱり…本当に存在するんだ…」真理は感嘆を漏らした。

朴は半信半疑で、彼女に警告した。
「近づいてはいけない!念が込められてるって言ったろう?」しかし真理はその言葉を無視し、手に触れようとして近づいていく。

「真理!待って!」朴は叫んだが、間に合わなかった。
真理がその手に触れた瞬間、手は急に動き出し、彼女の腕を掴んだ。
冷たい感触が彼女の肌を伝わり、何かが彼女の中に浸透していくのを感じた。

「やめて!お願い!」真理は叫んだが、その手の力は強く、彼女を池の中へと引きずり込もうとしていた。
朴は必死に真理の手を引こうとするが、何もできなかった。
気がつくと、真理の目には恐れと驚きが浮かんでいた。

「私の…心が…信じてしまったのかも…」彼女の声はかすかに響き、朴はその言葉の重みを感じた。
同時に、真理の体が冷たくなり、まるでその手に念が込められてしまったかのようだった。

その晩、真理は池に引き込まれたまま姿を消した。
朴は彼女を助けられなかった無力感に苛まれ、夢中で池を見つめた。
何度も何度も呼びかけるが、返事はなかった。

数日後、朴は真理の消えた事実を知った。
しかし、奇妙なことに彼の心には、真理の声が響き続けていた。
「私を忘れないで、私のことを思い出して…」その声は霊のように彼の心を揺さぶり、信じてしまった念が、朴に重くのしかかる。

それからというもの、朴は池の近くを通るたび、手の存在を感じるようになった。
彼は確かに見た光景を、決して忘れることはできなかった。
真理が抱えていた恐れを思い出し、今度は自分が池に引き込まれることを恐れる日々が続いた。
夜になると、彼の耳元にはいつも真理の声が囁いていたのだ。
「私を忘れないで、私を…」

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